「お膳立て」を制する者は
若者向けビジネスを制する
例えば、5月末に東京・渋谷にオープンした「渋谷ネオ焼肉・ホルモン ふたご」では、「スマホ断食サワー」というドリンクメニューがSNSで大反響を呼びました。
このサワーは、ガラス製品メーカーと組んで独自開発したという特殊なグラスに注がれます。何しろ、グラスの底の一部が欠けていて、そのまま机に置くと倒れてしまうのです。
「底の欠け具合」がまた絶妙で、欠けた底とテーブルのすき間にスマートフォンを挟んでバランスを取ると、グラスはうまく自立します。つまり、頼んだ人は中身がこぼれないよう、スマホの操作を我慢してグラスの下に敷かねばなりません。
この仕組みが「バズった」背景には、「本当は食事中の会話を楽しみたいのに、友人がスマホばかり見ている」という若者の悩みがあることは言うまでもありません。
もちろん、若者が友人に「スマホばかり見ないで」とストレートに伝えると、お互いが傷つくリスクが伴います。店舗側はここに着目し、特殊なグラスを使うことで、友達同士がスマホを置いて話せる状況を「お膳立て」しているわけです。若者心理をうまく突いて話題を集めた、マーケティングの成功例だといえます。
飲食業界以外の例も見てみると、スマホアプリの世界においても、成功を収めている若者向けサービスの裏側には「お膳立て」の仕組みがあることが分かります。
有名どころでいうと、Instagramの「ストーリーズ」がそうです。この機能は単にショート動画の投稿・閲覧を楽しめるだけでなく、若者同士がお互いを誘う際の心理的なハードルを下げる効果があります。
ある若者が渋谷を通りかかったときに、ふとInstagramを開くと、その友達が渋谷近辺を歩いているショート動画をアップしていたとしましょう。
投稿を見た若者が「ストーリーズ見たよ!ちょうど今、近くにいるから飲まない?」と友人に連絡をすると、居場所を知らずに誘う場合よりも断られるリスクが減るはずです。
画像・動画の共有サービス「Snapchat」、アバターを通じて友達の様子が分かるメタバースSNS「Bondee」、スマホの「ホーム画面」に直接写真を送り合うSNS「TapNow」といった若者に人気のアプリも、実はこれに似た使い方をされています。
「たまたまお互いが近くにいる」「たまたま二人とも暇」という“偶然”を若者同士に気づかせ、誘いやすい状況を「お膳立て」する各アプリは、セレンディピティー(偶然がもたらす幸運)を計画的に演出しているといえます。
若者が傷つくことを恐れるようになった現代において、Z世代向けのビジネスで勝ち残るには、この「計画的セレンディピティー」をいかに生み出せるかがカギになるでしょう。