写真はイメージです Photo:PIXTA
タブレットを生徒に支給するなど、学校にもオンライン化の波がおよんでいるが、ハードの導入が目的化しがちだ。そんな中にあって、かつて民間から公立中学校の校長に登用された筆者が提案する。これからは、プロ教師が教えるオンライン動画を流しながら、リアルの教室で生徒と先生が一緒に学べばよいのではないか。本稿は、藤原和博『学校がウソくさい――新時代の教育改造ルール』(朝日新書)の一部を抜粋・編集したものです。
家庭でオンライン学習が
できない子も存在する
最初に指摘したいのが、オンライン学習が「できる/できない」で生じる格差問題だ。
オンラインで自律的に学んでいる子とそれができない子の間に、学習格差が広がっているのは間違いない。
とくに都市部の中学生以上だと約半数は塾通いをしているので、コロナ下でもオンラインで塾のサポートによる学習フォローが利いていた。しかもネット上の教育サービスも認知度が上がり、学校の先生とは別に、オンラインの特定教科で気に入った「恩師」を見つける生徒も現れた。リクルートのスタディサプリや、オンライン英会話レッスン「DMM英会話」などで、個人で積極的に学習していた生徒もいただろう。こうした勉強はどんどん先取りして進められるから、学校の進み具合より早かった可能性もある。
一方、家庭にWi-Fi環境がなくYouTubeをサクサク見られない、経済的に厳しい児童生徒(一人親世帯を中心に貧困家庭の子は全体の7人に1人といわれる)は、コロナ一斉休校では当初、誰にもフォローされないで放っておかれた。勉強どころではなく、ゲーム三昧で生活習慣を乱していたかもしれない。
この間、給食もなくなり、非常事態宣言の影響で「子ども食堂」もほぼ閉まっていた。児童虐待が熾烈化する可能性もあった。
だから、経済的に厳しい子のことに鑑みると、学校のネット環境を整え、授業でもっとオンラインを使って効率的に学習を進められるようにすること自体が、格差を抑える意味でも重要であることが見えてくる。
こういう子たちは土曜日に親が遊びに連れていったり、スポーツ教室や音楽教室に通わせてくれたりはしないだろう。塾にも行っていないとすれば、自宅でゲームか、そうでないとしても、盛り場のゲームセンターで怖いお兄さんにオルグされる可能性もあるのだから、できる限り土曜日の学校は開放して生徒の居場所にするのが良いと思う。
効率的に学習を進めるという意味では、究極的には、一人ひとりの理解度や学力に応じて、オーダーメイドでカリキュラムが組まれ、時間割も個別に組まれるのが理想だろう。それが「アダプティブ・ラーニング」といわれる学習法だ。しかし、技術的にいって、学校教育のすべてのカリキュラムでそれを即実現するのは難しい。
だからここでは、みんな一緒の「一斉授業」と、一人ひとりそれぞれの「アダプティブ・ラーニング」の間を突き、かつ学校の教室で集団で学んでいるメリットを活かせるような手法を開発しなければならない。
また、GIGA端末をもっと自由に使わせたらいいと思う。朝でも放課後でも、例えば図書室に場所を定めてもいいから、「ゲームは禁止」などの制限をつけた上で、だ。自宅に持ち帰らせる場合には、自治体から簡易なWi-Fi設備も一緒に貸し出す必要があるだろう。そうでないと、さらに学習格差が広がってしまう。
こうしたオンライン教育を進めるには、ハード面の整備とソフト面の整備の歩調を合わせることが最も重要だ。ハード面については、コロナ以前から政府には「GIGAスクール構想」があり、補正予算にも大胆に組み込まれ、実際に端末が教育現場に配られた。
だからここでは、運用面の問題に絞って語っていく。
まず、「オンラインか、学校か、ではない」ということを最初に断っておきたい。二者択一の話ではない。
どっちがいいんだろうとか、本当の教育は生でなければできないとかいうのは、みんなウソである。私がこれから提示しようとする学校の新しい授業スタイルは、オンライン動画を流しながら教室で生徒と先生が一緒に学ぶのもあり、というものだ。
ただし、オンラインも学校も、手段である。繰り返すが、あくまでも手段なのだ。手段として、オンラインをやれば教育が豊かになるわけではないし、ましてや学校の教育力の地盤沈下が止められるわけでもない。さらに子どもたちにとっても、先生が学校でオンライン動画を使えば、授業に興味が湧いたり、理解が自然に早まるわけではない。
要は、運用次第なのだ。







