新日本酒紀行「高尾山」参道の飲食店で飲める「高尾山」 Photo by Yohko Yamamoto

高尾山で愛される、東京の地酒

 東京都心から西へ50キロメートル、標高599メートルの高尾山はケーブルカーやリフトで気軽に登れる人気の山。山中の高尾山薬王院は1200年の歴史を誇り、信仰の霊山でもある。ミシュランのガイドブックで紹介されてから、海外の観光客も増加。そんな高尾山の名物は、とろろそば。麓から山頂まで20軒が工夫を凝らして提供するが、そのお供になる酒が、薬王院のお神酒でもある「高尾山」だ。冷やでもぬる燗でもよく、山登りの疲れを優しく癒やす。

 醸造元は隣のあきる野市、秋川流域にある中村酒造。酒造業開始は1804年で、蔵元の中村家は400年以上、代々この地に居を構え、現当主の中村八郎右衛門さんで18代目、酒造を始めて10代目になる。明治時代の土蔵を改修した売店併設の酒造り資料館では、昔の酒造道具や資料を展示。地元客のほかに、鮎釣り客や渓谷歩きの客が立ち寄る。この地域では酒粕を甘酒にして飲む風習があり、夏には冷やし甘酒が好まれ、一年中酒粕が売れる。あきる野市は都内最大級の農産物直売所があるほど農業が盛んな地域。中村酒造も果樹園を持ち、柚子酒と梅酒の果実は自社栽培し、日本酒ベースで仕上げる。もぎたての果実を使うため、香りや酸味に優れ、夏は冷たい炭酸水で割る人も。そんな地元産原料の活用や伝統製法の承継が評価され、2023年、八郎右衛門さんは市が認定する「あきる野の匠」の「酒造りの匠」に選出。日本酒、お神酒に果実酒、酒粕と、地域に根差して愛される東京の地酒を目指す。