「高学歴」の二極化

 ティール・ファウンデーションが運営する「20 under 20」のプログラムでは、起業を目指す20歳未満の学生20人に、大学を休学するか中退することを条件に、10万ドルの資金が与えられる。

 最初のフェローシップ募集は2010年12月に行なわれ、「われわれは次のフェイスブックを探しているわけではない。普通の人間が現在可能だと考えていることの2年から10年くらい先を考えている人を探している」という選考基準に400人の応募者が集まった。

 第1回の奨学生に選ばれたローラ・デミングはニュージーランドの中国系の家庭に生まれ、8歳のときに「人間はなぜ死ぬのか」を考えるようになったという。早熟の天才である彼女は、12歳でカリフォルニア大学の遺伝子工学の研究室に加わり、14歳でMIT(マサチューセッツ工科大学)に入学したものの、老化の防止と寿命延長を目指すベンチャー企業を立ち上げるために中退した。第3回(2013年)の奨学生には、インドで格安ホテル予約サービス「オヨ・ルームズ」を起業したリテシュ・アガルワルがおり、世界80カ国で4万3000件、100万室を管理するまでに事業を拡大して「世界で2番目に若いビリオネア」になった。

 しかし、群を抜いて有名なのは第4回(2014年)の奨学生であるヴィタリック・ブテリンだろう。13歳のときに夢中になったゲーム「ワールド・オブ・ウォークラフト」でいきなりキャラクターの能力値が調整されたことで、中央集権型の組織に疑問をもったブテリンは、ブロックチェーンを使い、仮想通貨だけでなく契約(スマートコントラクト)の管理もできる分散型のプラットフォーム、イーサリアムを開発し、世界を変えようとしている。

 若き天才起業家だけでなく、将棋の藤井聡太五冠が象徴するように、知的な競技で若年化が急速に進んでいる。オンライン上のゲーマーのコミュニティでは、いまや小学生がオリジナルのゲームをプログラムしているという。大学どころか高校を中退して起業する10代が続々と現われても不思議はない。

 このように考えると、東大など国立大学の受験勉強はコスパもタイパも極端に悪い。合格するには5教科8科目を勉強しなくてはならないが、万葉集や源氏物語を読んだり、鎌倉時代の将軍の名前を暗記することになんの意味があるのかという疑問に答えるのは難しいだろう。―誤解のないようにいっておくと、これは古典や歴史に価値がないということではない。こうした「教養」は、もっとも知的パフォーマンスが高い時期に無理やり詰め込むのではなく、社会的・経済的に成功したあとで、趣味として楽しむものになっていくだろう。

 このようにして高度化した知識社会では、「高学歴」も二極化していく。有名大学で修士号・博士号を取得したり、医師や法律家などの資格をもつ者はこれからも知識社会の成功者でありつづけるだろうが、その頂点に立つのは「教育」になんの価値も見出さず、中退して自ら事業を起こした「とてつもなく賢い若者」なのだ。

※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。