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より幸福度の高い人生を歩むためには、良好な対人関係が重要だ。そのために、新しく出会った人の性格を見極めたいと考える人も多いだろう。よく「第一印象がすべてを決める」といわれるが、見た目の印象だけで人間性を見抜くことは可能なのだろうか。
「第一印象」は七割正しい
意外にも、第一印象は驚くほど正確なことが多い。人びとが抱く第一印象は一致をみることが多いだけでなく、見事なまでに予測に役立つ。ある調査では、被験者が初めて見る人の笑顔を見ただけで、一〇の基本的な性格特性のうちの九個(外向性、自尊感情、政治的指向など)について、三分の二の確率で正確に予測することができた。
また、人びとは、短時間接触しただけで相手の能力を本能的に判断するのが得意だ。ある教師の授業風景を音声のない映像で三〇秒間見れば、その教師に対する生徒の評価を予測できる。五分間見ていれば、判断の精度は七〇%ほどに達する。
誰かの行動の断片を見て、どんな人物なのかを直感する私たちの能力はさまざまな分野で威力を発揮し、ある人が頭が良いか、裕福か、利他的か、はたまたサイコパスかどうかなどを偶然以上の確率で判断できる。くり返すが、こうした印象は論理的なものではない。つまり、あまり考えないときのほうが、私たちの判断はより正確だということだ。
「やれやれ、よかった、自分の直感を信じればいいんだ」と言う人がいるかもしれないが、早合点しないように。人間のことだから、そう簡単にはいかない。たしかに、私たちの直感は優れている。七〇%近くに達する精度だ。だが、わが子がオールD(六〇~六九点)の成績表を持って帰ってきたら嬉しいだろうか? 私はそう思わない。
三〇%の不正確さのかなりの部分は、脳のバイアスに起因する。種やジェンダーに関するバイアスではなく、脳の灰白質に組み込まれている基本的な認知バイアスのことだ。その多くはショートカットだ。進化は私たちの脳を、正確さよりスピードや省エネに照準を合わせて最適化したのだ。
だから、ベビーフェイスの人間は殺人罪を免れる可能性がある。これは比喩的な話ではない。実際、研究によれば、童顔の人びとは、故意に危害をおよぼしたと訴えられた際には勝訴しやすく、過失を問われた際には敗訴しやすい。
なぜだろう? 私たちは、子どもは間違いをするものだと思っているが、悪人だとはなかなか信じられない。脳はそうした考えを、「過度の一般化」というバイアスにより、童顔の大人にも拡大適用するのだ。
しかし、本当に童顔の人間のほうが無邪気なのだろうか? そんなことはない。童顔の若い男性は、「幼少期・思春期に否定的な感情が多く見られ、加えて思春期には喧嘩っ早く、嘘をつくことが多く、青年期には自己主張や敵対心が強いなど、童顔から受ける印象と矛盾する傾向を示した」という。
第一印象のパラドックス
ところで、こうしたバイアスを意識的な努力で克服できると思ったら、それはおそらく間違いだ。私たちが認知バイアスに気づくのを妨害するバイアスが脳に備わっていることが、数多くの研究で示されている。
たとえバイアスのことを説明したり、注意したりしても(私のように)、人びとは、他人のそれには気づくようになるものの、自分自身は客観的だと確信している。さらにややこしいのは、なかには役に立つバイアスもあるということだ。バイアスが正確な限りにおいて、それを取り除けば予測の精度が落ちるという、論理的に予想される結果が、数々の研究で明らかにされている。あぁ、まったく。
私たちの脳は膨大な数の認知バイアスを抱えており、そのすべてに手っ取り早く対処する方法はない。しかし第一印象に関しては、闘うべき相手は主に「確証バイアス」である。私たちには、自分の信念と一致する情報ばかりを好んで探す傾向がある。諸説を検証するのではなく、自分がすでに持っている見方を強化するために情報を集めるのだ。
注意して観察すれば、他者(そして自分自身)がつねに微妙な確証バイアスに陥っていることに気づくだろう。持論を裏づける証拠にはすぐに飛びつく一方で、反証に必要な証拠についてはハードルを高くし、膨大な数を求める。
「四〇〇の研究が、私の見方を否定している? ではもっと探してみよう! 一つの研究が、私の意見が正しいとしている? どうやら答えが出たようだ」といった具合だ。







