悪用される「お客様は神様です」、SNS・口コミに戦々恐々
ホテル・旅館業(以下「旅館業」)といえば接客やホスピタリティーの最高峰である。ホスピタリティーの高さはその旅館の質の高さに直結し、とりわけ優れた施設には5つ星などが与えられる。ただ、5つ星だとしても、権威を笠に着て、調子に乗り妙に傲慢(ごうまん)になってかえって質が低下するなどの「ザ・人間」的悲しき顛末(てんまつ)をたどる施設もあったりする。それはともかく、宿命付けられたそのホスピタリティーの高さゆえに「お客様は神様です」というフレーズとの親和性が、他の業界に比べて高かった。
「お客様は神様です」は客商売、特に顔と顔を合わせてする接客の際の、接客する側の心構えを説いた、身近でキャッチーなフレーズとして広く浸透していた。しかし、浸透しすぎて客の方が、自分の偉さを主張するために店・企業に押し付けたりするようになっているのは周知の通りである。
今でこそ「お客様は神様です」の語源は、元は歌手の故・三波春夫が、芸に身をささげる演者としての敬虔(けいけん)な心構えを要約して表した端的なフレーズであって、客が自身の力を増長させるために使うべき類いのものではない。
しかし、現代のネット文化が客の攻撃力を著しく引き上げた。店・企業の守備力を下げたともいえる。
SNSや口コミ投稿の影響力は絶大で、少しでも油断すると瞬時に全国に悪評が流布するような緊張感を店・企業は強いられることになった。店・企業が自発的に緊張感を持とうとする姿勢は褒められるべきだが、客が店・企業側に過度にそれを求めるのは健全ではない。
かくして、強気に出られない店・企業に対して、事実上「神」のごとく振る舞う悪質な客によってカスハラが横行することとなった。そしてそれを追いかける形で、各種ハラスメントに対する是正の流れもあって、今回の旅館業法改正はその結実の一つの形とみることができよう。
悪質なクレームには旅館業に限って言えば、先に引用した弁護士ドットコムの記事にいくつか実際にあった例が挙げられているが、たとえば「浴室に髪の毛数本が落ちていたことに立腹した客から1時間叱責」や「ロビーで土下座を強要」などが挙げられる。
また、別の記事(『自覚なく「カスハラ」していませんか…職員疲弊「強いストレス7割」の札幌、ポスターで市民に問う』7月11日読売新聞オンライン)では、全国の自治体や病院の職員のうち半数がカスハラ被害を受けたと自覚し、その影響で約6割が「出勤がゆううつになった」、約2割が「眠れなくなった」といった不調を訴えたと紹介されている。