「お客様は神様」をよりどころにして自滅していくクレーマー

「お客様は神様」という考え方は、クレーマーにとってよりどころであったわけだが、筆者は、この考え方自体が、客にとって好ましくない作用を働かせているのではないかと思っている。

 クレームにも正当性があるものは少なくないし、店側もそれは承知している。しかしクレームがエスカレートして要求や主張が過度になってくると、どのようなクレームも変質して“悪質”となる。

「客は神」と客が考えると、怒りが生まれやすくなる。「自分は神だから尊ばれるべき」「店・企業は全身全霊で我に尽くすべし」という前提で店・企業と向き合うので、求めるサービスの質のハードルを途方もなく上げてしまうのである。そしてハードルが越えられないのを見るやいなや、怒り狂い、悪質なクレームを発するに至る。

 このとき客は「尊ばれてしかるべき」な神の気分なので、怒りの歯止めをかけるつもりもない。そして、怒りというのはさらなる怒りを呼び覚ます性質があるので(怒鳴っている人が自分の怒鳴り声を聞いて興奮しどんどん声を荒らげていくあれである)、客は際限のない怒りの渦に身を投じ、自分でも振り上げた拳を下ろす先がわからなくなって、グチグチと説教したり、土下座をさせたりするわけである。

 そしてクレーマーは、土下座を要求し実行させたところで真の満足を得るわけではない。自分の怒りに対してなんとか格好をつけるための、とりあえずの“土下座”であり、誰もハッピーにならない。そればかりか被害者と加害者の尊厳をズタズタに引き裂く地獄の非生産的クレーム、それが「土下座要求」である。

 つまり「客は神」という、一見客にとって気持ちよさそうな思想は実は客の身を焼く。しかし、それを知らないクレーマーはこの思想に飛びついて自滅していっているわけである。

 土下座要求のような虚しい展開は、客が「客は神」という、あり得るはずのない妄執にとらわれて起きているケースがままある。「お客様は神様です」の哲学自体にはまったく責任がないのだが、勘違いしてそこにとらわれ、不幸を撒き散らしまた自身も不幸になっている人が日々全国各地で出現している。彼らからはいっそ「お客様は神様です」を取り上げた方がいい。

 このような背景を考えると、改正旅館業法は「客も旅館も同じ人間、イーブンですよ」というごくごく当たり前の原則を皆が再認識するためのいいきっかけとなるのではあるまいか。

 なお、クレームが生きがいの真性クレーマーは土下座の類いをクレームのゴールに設定するが、そこまでゆがんでくると手の施しようがない。だから、被害にさらされる側を守る用意に徹するが吉である。当然、改正旅館業法はその一手も含んでいる。

 法に、ささやかなバックアップをもらった旅館業者も、以前よりは客に対して強く出られるはずであり、そうすれば自分を「神」と勘違いする客も減っていくはずである。いいスパイラルが始まる兆しがある。

 改正旅館業法は年内施行に向けて、運用方針がまとめられていくとのことだが、このお盆で、客と旅館の関係が再構築される第一歩が踏み出されることを期待したい。