『そして、バトンは渡された』『かがみの孤城』

 たとえば瀬尾まいこの『そして、バトンは渡された』は、幼少期に実母と死別した主人公の少女が、小学生のころから結婚するまでを描く。主人公の実父は、梨花という女性と再婚し、ブラジルに移住しようと妻子に提案するも、主人公が日本に残りたがったため、ひとりで行くことになる。主人公は梨花に引き取られるのだが、梨花はさらに別の男性ふたりと順番にくっついては別れることをくりかえす。そのたび主人公は、梨花の恋人である見知らぬ男性を新たな「父親」とし、男が用意した住居にて共同生活することになる。そして3人めの父親となる森宮と結婚すると、梨花もいなくなってしまう。梨花に振り回され、彼女に感謝しつつも複雑な感情を抱いている主人公だが、終盤に梨花の真意と背景が明かされ、読者の涙を誘う。

 辻村深月の『かがみの孤城』は不登校の少年少女たちが鏡の向こうに存在する謎の城に招かれ、ともに過ごし、謎に挑むなかで互いの傷や悩みを知り、外の世界に出るきっかけを得るという物語だ。

芥川賞・直木賞の作品が10代の読者に「人気がない」納得の理由辻村深月『かがみの孤城』(ポプラ社)

『かがみの孤城』には、学校にも家庭にも居場所がない中学生7人が平日日中から絶海の孤城に集まり、学校に行かずにみんなでゲームをしたりお茶をしたり、ひとりで自由な時間を過ごすという非日常の楽しさがある。もう一方で、それぞれが学校に行かなくなったり、なじめなかったりした理由、家族との行き違いや不和などの傷付いた過去の開示によって鑑賞者の共感と涙を誘う面もある(「正負両方に感情を揺さぶる」)。

 また、この作品に出てくる中学生たちの話は、実際にありそう、起こりそうなものが少なくない。つい見栄を張って友だちにウソを言ってしまったがバレていて揶揄(やゆ)されるようになった、習い事で才能を認められて必死で練習したがトップにはなれずに挫折感を味わっている、体型やつけ込まれやすい性格からどこに行っても「バカにしていい人」扱いされてしまう、親元を離れて知り合いがひとりもいない土地で学校に通うことになって友だちも作れずに孤独を味わっている……等々。

 そしてこういう悩みや苦しみ、過誤をなかなか他人に話せずにいる。そこが鑑賞者の共感ポイントだろう(「思春期の自意識、反抗心、本音に訴える」)。『かがみの孤城』は「自意識+どんでん返し+真情爆発」であるだけでなく、「死者との再会・交流」ものでもある。『かがみの孤城』がなぜ死者との再会・交流ものと言えるのかを語ると結末を明かすことになるから詳しくは書かないが、思春期の不安や居場所のなさだけでなく、亡き家族との触れ合いを描いていることが、作品終盤の感情的な昂りを一層強めている。