「おいしい生活。」は、凝縮させた言葉ではない
佐宗 ぼくも言語化に関してはいろいろ考えるところがあって、自分の経営するBIOTOPEという会社の経営理念は言葉にしないほうがいいと思ってやってきたんです。ところが創業から4、5年経ったときにパンデミックが起こった。そこでリモートワークに切り替わったら、一気に人が辞めてしまったんですね。
そのときに、織田信長が大義の旗印として「天下布武」を掲げたみたいに、自分たちの組織を象徴する要素を「言葉」のかたちで凝縮しておいたほうがいいのかなと思ったんです。言語化することで削ぎ落とされるものがあるのはたしかなんですが、言語化しないことによるネガティブな面もあるので、ぼくはある程度最低限のところを言語化しつつ、旅をしながらダベってバランスを取りたいなと今は思っています。
一方で、糸井さんはコピーライターとして、いわば言葉に凝縮するお仕事をなさってきたわけですよね。経営者として理念を打ち出されるうえでも、どんな工夫をされたのかをお聞きしてみたいです。
糸井 コピーライターにせよ経営者にせよ、ぼくがやっているのはじつは「凝縮」ではないんですよね。文字の数が少ないから凝縮して見えるんですけど。
佐宗 ええっ? そうなんですか!
糸井 どちらかというと「とっ散らかしている」のかもしれない。たとえば「おいしい生活。」(編集部注:1982年に糸井さんが手がけた西武百貨店のキャッチコピー)は、言葉の凝縮かというと、そうではないと思うんですよ。
「俺が求めていたのは『よりよい生活』じゃなくて『おいしい生活』だったんだ」って自分が気づいたことが根本にはあるんです。安くてもおいしいものはおいしいし、高くてもまずいものはまずい。ある友達はいつも奢ってくれるけれど、なんか腹立つっていうのはおいしい関係ではない。一緒にいると安心して退屈していられる友達がいたら、それはすごくおいしい。
「おいしい」という言葉は、人の多幸感、幸福感みたいなものを「曖昧に」表現しているんですよ。それまで高度成長期の「もっとよく、もっともっとよく」というスローガンだったものを、「おいしい」という言葉でばらけさせて散らかしちゃった。凝縮というと、凍結させるようなイメージになってしまうけれど、むしろ、小石を投げて波紋を呼び起こすということをやっているんです。
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。