錫(すず)製の器の製造を手がける富山県の老舗メーカー「能作」の5代目社長は、新社屋にレストランをつくったり、工場見学プランを設けたりと、伝統工芸や地域の魅力を発信すべく日々邁進中。そこで彼女が新たに目をつけたのは、結婚10周年の節目を祝う“錫婚式”だった。本稿は、能作千春『つなぐ 100年企業5代目社長の葛藤と挑戦』(幻冬舎メディアコンサルティング)の一部を抜粋・編集したものです。
親族や友人に“見せる”式から
家族と“向き合う”式に
錫婚式を構想して3カ月後、ノウハウをもつ会社との準備が進み、半年後にはサービス化が実現しました。
さっそくモニター役として挙式してくれる夫婦を探し、1組目の錫婚式を新社屋で挙行できました。その後も問い合わせを受けて、何組かの錫婚式を執り行いました。
実際に式をしてみると、私たちのイメージと式を挙げる人たちのニーズにギャップがあることが分かりました。私たちは、夫婦や家族の幸せな姿を親族や友人に祝福してもらうことに重点を置いた結婚式のような式をイメージしていました。しかし、挙式した人に感想を聞くと「喜んでくれた一方で友人に披露し祝ってもらうのは恥ずかしかった」「どう振る舞っていいか困った」と言います。結婚10年となると子どもがいる夫婦も多く、式が進行するなかで子どもが退屈しているのが分かりました。
私たちは錫婚式のコンセプトを根本から見直すことにしました。錫婚式を祝う夫婦や家族は、10年という節目にこれまでの足跡を振り返るとともに、今後も仲良く幸せに過ごしていくことを夫婦、家族で確認する節目の儀式を求めています。結婚式は周りの人たちに向けて披露する外向きのイベント要素が強いのに対し、錫婚式は内向きでパートナーや子どもと向き合う儀式と捉えました。夫婦が互いと子どもに感謝する、これからも仲良くしていこうと誓うための式で、参列者がいなくても成立しますし、周りの誰かに祝福されるかどうかは本質ではないのです。
そこで私たちは錫婚式の内容をリメイクしました。フォーマルな式として、進行などは厳粛に進めつつ、結婚式のような形式にはとらわれず、感覚的には家族イベントに近いスタイルに仕立て直すことにしたのです。
外向けではなく夫婦と家族のためであれば、友人などが参列する必要はなく、華美な装飾はあえてしない小ぢんまりとした会場のほうが余計な緊張感がなく、落ち着いた雰囲気を演出できます。内容も10周年を祝ってもらうお披露目ではなく、夫婦それぞれの10年間のストーリーをメインにすると位置付けし直して、夫婦が互いに感謝し、これからについて誓うアニバーサリーに変更しました。