「個別最適」に終始してしまった日本

 一方の日本では国民IDが付与されていなかったため、感染者の把握や人の動きの把握は困難を極めた。政府が提供したアプリもほとんど活用されないままに終わった。一方で、ワクチン接種や病院への対策は地方自治体にほぼ丸投げし、現場は大混乱に陥った。

 その結果、ワクチンをまったく接種しない人がいる一方で不正に複数回受ける人が現れたり、いわゆる「自粛警察」「マスク警察」と呼ばれるような人が現れて社会が混乱したりといった状況が起こったことは記憶に新しい。

 それでも、日本では現場の人たちが頑張るので、一定期間を経ると事態は収束する。今回も現場の人の働きは本当に頭が下がるものだった。

 しかし、こうして「やっぱり現場が大事」という話になると、現場に権限が集まり、結局「個別最適」に終始してしまう。これは、全体最適を求めるDXとは極めて相性が悪い考え方であり、結局、デジタル化による部分的な改善活動で終わってしまう。

 そうならないためには、政府が方針と施策を明確に紐づけた上で主導するということがやはり、必要なのである。

 もう一つ重要なのが、施策を有期のものとすることである。シンガポールのコロナ対策ではフェーズごとに「飲食店は夜22時半には閉店しなければいけない」などの規制があったが、状況が改善しフェーズが変わって必要がなくなった規制は、瞬時に撤廃された。そしてその情報は政府のウェブサイトやスマホアプリで直ちに通達された。

納税も控除も自動で完了!「シンガポール版マイナンバー」が便利すぎた坂田幸樹
『デジタル・フロンティア』(PHP研究所)

 必要がなくなった規則をダラダラと残しておかないことで、既得権益の発生を最大限排除することができる。逆に方針と施策が紐づいていなかったり、期限が明確に設けられていなかったりすると、スギ花粉症患者ばかり増やしているスギの植林に対する補助金のように、永久に残り続けてしまう。

 シンガポール政府は、国民IDという基盤があったことで、誰もが初めて体験する新型コロナウイルスに対して明確な対策の指針を打ち出すことができた。同じくコロナ対策の成功例として言及される台湾もまた、全国民にIDが付与されている。

 日本ではマイナンバーの印象から、IDに対して否定的な人もいるかもしれない。しかし、少なくともDXにおいてIDは必ず必要となるものだ。ID破綻なるアプリケーションの一種ではなく、DXを起こすために必要な基礎インフラなのである。