最初で最後となった
支店長との経験で学んだこと

 今西島製作所の玄関で、熱川支店長が何度も何度も頭を下げていたのを思い出す。スバルに乗り込み発車すると、支店長がハイタッチをしてくれた。

「やったな、目黒君!3億!デカいぞ、残高目標見えてきたぜ」

「支店長、あの…」

「目黒君、さっきのことは誰にも言うなよ。俺はさあ、プライドなんかないんだよ。高卒で新米の時からコンプレックスしかない。目標のためなら、コンプラに引っかからなければ、何だってする。いいか、支店長を使うっていうのはこういうことだ。担当なんて支店長をどうやって動かすか考えてればいいんだ。いいか?支店長が頼んでもダメなら、諦めがつくじゃないか。面白いだろ?そうやって上のやつの責任にするんだ。皆、下の責任にされるからつらくなる」

「支店長、あの…」

「俺はさ、担当の頃が一番楽しかった。今だから言えるのかな…」

 その後、私は熱川支店長の下、投資信託の販売を、得意先の社長のみならず、奥様方に展開することを考えて、即座に実行。豊橋支店開設以来最高の収益を上げ、営業職として最高の評価を得るに至った。このあたりは拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』に記している。

書影『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥 著

 だが、熱川支店長に帯同できたのは、これが最初で最後だった。熱川支店長は取引先へ出向となったからだ。たった半日だったが、私にとっては濃密な時間だった。振り返ると、支店長は年度の融資目標を達成するためだけについてきたのではなく、私に大事なことを教えようとしていたのかもしれない。後にも先にも、こんな支店長には出会っていない。

 悲喜こもごも、あまりにもたくさんのことがあった。今日も、私が籍を置くみなとみらい支店長の横顔が視線に入る。私はこの銀行に感謝しながら、懸命に勤務している。

(現役行員 目黒冬弥)