ミスミ創業者に学ぶ「新事業を成功させる経営者の役割」
田口さんのもとで新規事業をつくり続けて、「トップがこういうあり方だと、成功確率が上がる」と思ったことをもうひとつ特記すると、「俺の言うとおりにしろ、俺のやりたいことを通す」ということが一切なかったことである。
田口さんの事業に対する持論は、「事業はプロダクト起点ではなく、マーケット起点で考える」だ。これは、時価総額で1千億円以上となるような事業を生み出すための「基本の型」のひとつで、田口さんが新しくつくった「エムアウト」の社名にもしているほど、常に大事にしている考え方だ。
社名のエムアウトはMarketout(マーケットアウト)の略である。これはマーケティング用語でいうところの、企業が自社都合でモノをつくり、その後にどのマーケットに投入するかを決める「プロダクトアウト」ではなく、ビジネスの起点そのものをマーケット(顧客)に求めなければ事業は成功しないという意味で、田口さんがつくった造語である。
ちなみに、通常のマーケティングの言葉としては、「マーケットアウト」ではなく、「マーケットイン」だと思う。もっと市場志向でなければモノが売れない、だからマーケットにもっと近づくんだ、という考え方を反映した言葉である。
ただし、田口さんに言わせれば、「マーケットインもしょせんプロダクトアウトの延長線上で、思考の流れがつくり手・売り手側を起点にしている時点でダメだ」「顧客の声を聞くといっても、自社に都合があったうえで聞いているから、真の意味において顧客の立場には立っていない」となる。
考え方や姿勢としてはわかるし、エムアウトの参画者として、社名の語源にもなっている考え方に、共感していないわけがない。
だが、実際のビジネスのカタチとしてつくり込むとなると話は別である。「真に顧客の立場に立ち、顧客が求める、時価総額1千億円以上に成長する事業を、早く、安く、確実に生み出す」。そしてそれを「型化し、仕組み化する」のである。
簡単ではない。というか、できない。はたしてエムアウトでは、各自が毎週、千本ノックのように新規事業のコンセプトをプレゼンしていくのだが、田口さんはほぼすべてのプレゼンに対して、「ユーザー起点じゃない」「その新規事業によって産業構造を変えることで、社会をどう変えるかまで意識しないと意味がない」と却下されてしまうのである。