インドの簡易冷蔵庫の
大ヒットの背後には科学的手法がある

小林喜一郎(こばやし・きいちろう)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。『リバース・イノベーション』日本語版の解説を執筆。

小林:そうですね。新興国に自分から乗り込んでいくのは、先進国でのビジネスとは勝手が違いますし、当初の何年間は儲けの数字が違ってきます(ゴビンダラジャンも指摘しています)。だからこそ、トップの庇護や理解が不可欠だと言うのですが、それを現場のミドルはわかっていても、トップがわかっていない。

 欧米企業が新興国にチャレンジしているケーススタディにも、ある程度の規模に達しないと、社内的にビジネス自体が認められず、プロジェクトがつぶれかねないため、担当者が苦労する話がよく出てきます。

太田:私は昨年からアジア・パシフィック全体のテクノロジー・グループを担当しており、海外出張もして、BCGの海外オフィスのお客様やアジアの会社との接点が増えているのですが、そのときにお話を伺っていて面白いと思ったのが、ゴドレジというインドの家電メーカーです。

『リバース・イノベーション』の本の中でも紹介されているこの会社は、「チョットクール」という冷蔵庫で知られていますが、このプロジェクトは行き当たりばったりに進めて、たまたま成功したものではないんです。

 ゴドレジは、イノベーションの権威として知られるハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授など外部のエキスパートのネットワークをうまく活用してイノベーション・チームをつくり、冷蔵庫を使っていないノンユーザーをどう取り込むかについて、きちんと調査を行い、科学的な理詰めのプランでマーケティングをしています。

 販売面でもユニークで、家電なのに郵便局などと提携したりしています。外部の力を上手く使ってスピーディーに成長しているのです。さらに、破壊的な商品なので、従来のやり方では成功できないという前提で、トップ直轄のプロジェクトとしています。そういう面でも工夫しているところが非常にうまいなと感じますね。

小林:意思決定のスピードや外部の力の使い方は確かに重要ですね。ところで、ゴビンダラジャンは『リバース・イノベーション』の序文で、「日本経済が活性化するための鍵は、今一度、強い輸出部門を築くことにある」と指摘しています。それも、新興国で爆発的に成長している中流層をターゲットに定めよ、と。日本企業の中で、そういう面で、現地でうまく工夫しているなと感じられるところはありますか。

太田:そうですね。たとえば、エアコンを手掛けているダイキン工業は、グローバル戦略ではなく、中国戦略、欧州戦略、北米戦略というように地域ごとに違う戦略をとっています。たとえば、欧州では販売店を買収し、中国は自分で作ったりと、地域の戦略軸をしっかり持ち、ここは自分でやる、ここは他力を使うというのがきちんとできています。教科書的かもしれませんが、基本をしっかりやっている企業が強いのだろうと思います。

 ダイキンは中国の家電メーカーの格力(コーリー)電器に、コア技術であるインバータ技術を供与しているのですが、与えるだけではありません。格力が自分たちにできない発想のモノ作りをしていて、金型のつくり方などで逆に学んだ部分もあるとも聞いています。これもリバース・イノベーション的ですね。

小林:資本を入れずに技術供与する形だと、技術だけをとられてしまう恐れはないでしょうか。

太田:ダイキンは、競合になるかもしれないとわかっていながら、あえてリスクをとっているのでしょう。インバータは日本では普及していますが、ヨーロッパはほとんどゼロで、アジアも一桁台です。パイをどう分けるかを考えるよりも、パイ全体を大きくするところがポイント、という算段があるのだと思いますね。

小林:なるほど。最終製品ではなく、コア技術の市場を押さえるという競争戦略ですね。