それどころか、バラクが脇道へ逸れる人だとわかったうえで結婚した。バラクは目標達成へ向かうのにいつも――予想どおり!――確実でない道を選ぶ人だとわかっていた。この人は、普通の道や簡単すぎる挑戦はすべて斥ける。いろいろな仕事を同時にさばくのに全力を注いでいて、本を書きたいから、教えたいから、自分の価値観から外れたことはしたくないからと、企業での楽な仕事を断る。どちらの家族にも、あてにできる財産はなかった。やがて子どもをつくるわたしたちの能力にまで疑問符がついて、妊娠に向けた数年間の厳しい格闘がはじまった。その後、政治家としてのバラクのキャリアでは、あの途方もない空飛ぶバイクも経験した。
わたしたちは、こういうカオスのすべてにいっしょに飛びこんだ。確かなのはただひとつチームとして立ちむかうほうがうまくいくということだけだった。
数えきれない妥協、犠牲の果てに
たどり着いた現在の夫婦関係
早い時期にわたしは学んだ。パートナーは問題の解決策にならないし、ニーズを満たしてくれる人でもない。わたしが望んでいたのは、わたしの愛とは関係なく、自分自身の価値観に従って生きるパートナーだ。わたしが望んでいたのは、正直さを大切にするからこそ正直で、誠実さを大切にするからこそ誠実な人だ。
いまわたしは、これを娘たちに伝えている。稼いでくれる人、世話をしてくれる人、子どもの親になってくれる人、問題から救ってくれる人を探しているという理由で、だれかといっしょになってはいけない。わたしの経験では、そういう計画はたいていうまくいかない。ゴールは、あなたのために仕事をする人を見つけることではない。あなたといっしょに仕事をして、あらゆる面で、あらゆるかたちで力になってくれる人を見つけること。
相手がひとつの役割しか引き受けようとせず、「お金は稼ぐから、おむつを替えるのは期待しないでほしい」なんてことを言うのなら、わたしのアドバイスはこうだ。安全なところへ避難開始。
娘たちにはこう話している。うまくいくパートナー関係は、強いバスケットボール・チームに似ている。そのチームはふたりの個人から成り立っていて、どちらもさまざまな高いスキルを持ち、互いに役割を交代できる。一人ひとりの選手がシュートだけでなくドリブル、パス、ディフェンスのやり方も知っていなければならない。
もちろんお互いに弱点やちがいがあって、それを埋めあわせる。そのことを否定しているわけではない。長い目で見ていろいろな役割を果たせるようにしておいて、ふたりでいっしょにコート全体をカバーしなければならないということだ。パートナー関係によって、人が実際に変わることはない。相手のニーズに配慮するように迫られはするけれど、それでも変わりはしない。出会ってからの33年間でバラクはたいして変わっていないし、わたしも変わっていない。
変わったのは、ふたりのあいだにあるものだ。相手がそばにいることを受け入れるために重ねてきた、数えきれないほどの調整、妥協、犠牲。バラクとわたしを合わせた――わたしたちふたりの――ハイブリッドのエネルギーは、いまや数十年の戦闘に耐えてきたベテランだ。
『心に、光を。不確実な時代を生き抜く』(KADOKAWA)ミシェル・オバマ 著、山田文 訳
知りあった初日にふたりのあいだに生まれたわずかな心の動きが何であれ、握手して話しはじめた瞬間に植えつけられたお互いへの好奇心の種が何であれ、それこそが、長年のあいだにわたしたちが育て、成熟させて、確かにしてきたものにほかならない。これはいまも進行中の奇跡で――対話はまだつづいている――、わたしたちが住む家だ。彼は彼。わたしはわたし。いまはお互いのことを知っているだけ。とても、とても、とてもよく。
わたしはいつも、バラクとの人生のきらびやかな面だけでなく、ふたりの本当の姿を見てもらおうとしてきた。バラクとわたしが――切実に必要だった――夫婦カウンセリングを受けたことも書いた。娘たちがまだ幼く、バラクもわたしもいっぱいいっぱいになっていたころで、お互いに怒りっぽく、よそよそしくなっていた。夫にうんざりして何度も窓から突き落としたくなったことも冗談として語ってきた。いまでも、たぶんこの先もずっと抱く、ありきたりでつまらないさまざまな憤りのことも。本当に親密な関係はしゃくに障ることもある。それでも、わたしたちはいっしょにいる。







