「不思議に思わんかね? 人間のヘイフリック限界はほぼ同じなのに、なぜ早く老ける人と、いつまでも若々しい人がいるのか? つまり、細胞死や細胞老化のスピードを速くしたり遅くしたりしているのは、どんなメカニズムなのか?」
「それが、長寿遺伝子なの?」
「そのとおり。われわれの遺伝子が染色体という容器に入っているのは知っておるな? この染色体の末端のキャップ、この部分の“長さ”こそが、じつは細胞の寿命や老化を左右しているんじゃよ。この末端の構造はテロメアと呼ばれている。
細胞分裂を繰り返すたびに、染色体のテロメアはどんどん短くなっていく。要するに、テロメアが極限まで短くなった状態が、ヘイフリック限界だと考えられるわけじゃ。
また、さきほど触れたSASPのような炎症物質に晒された細胞では、テロメア短縮が起きていることも確認されているぞ。子どもと老人の体細胞を比較すれば、老人のほうがテロメアは短い。細胞の老化を防ぎ、長寿を実現するということは、テロメアを長く保つということとほぼ等しいんじゃ」

「染色体ってなんだか靴ひもみたいね。端についているプラスチックのキャップがテロメア。あれが段々と短くなっていって、最後はひもがほつれてしまう感じ」
「いいぞいいぞ! テロメアを発見したブラックバーンらも、同じ比喩を使っておる*」

* Blackburn, E. & Epel, E. (2017). The Telomere Effect: A Revolutionary Approach to Living Younger, Healthier, Longer. Grand Central Publishing.

65歳のテロメアは「赤ちゃんの半分以下」に短縮―テロメラーゼ

「重要なのは、なぜテロメア短縮のスピードに個人差が生まれるのか、よね?」
「うむ。そこで注目されたのが、テロメラーゼという酵素の存在じゃ。テロメラーゼは、細胞分裂で失われたテロメアの修復を受け持っている。要するに、テロメラーゼがより多く分泌されるほど、テロメアは長く保たれるんじゃ。
細胞には分裂回数の限界があると言ったが、じつは皮膚や骨や神経などの細胞(分化細胞)のもとになる幹細胞は、半永久的に分裂することができる。幹細胞ではテロメラーゼが十分に分泌されているから、テロメアの長さが保たれているんじゃ」