17世紀イギリスの哲学者ホッブズは言った。国家や法律のない自然状態における人間は、「万人の万人に対する戦い」から逃れようと、国家を作ったと。18世紀フランスの啓蒙思想家ルソーは言う。自然状態の人間は平和であり闘争がなかったが、私有財産を持ち始めることで不平等が生まれ、強者が弱者を抑圧するルールとしての法律ができたと。いま広く流布されている人類史はほとんどが彼らの著作の延長上にあるものだが、人類学者と考古学者による世界的な大ベストセラーによれば、そうした議論は科学的に間違いだという。では真の人類史とは?本稿は、デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
私たちはいったい何者なのか?
ほとんどが闇に埋もれた人類史
いうまでもなく、「ビッグ・ヒストリー」は、ここ最近の売れ線である。ハラリ(※編集部注、『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』の著者)、ジャレド・ダイアモンド(同、『銃・病原菌・鉄』)、スティーヴン・ピンカー(同、『暴力の人類史』)などなど。かれらの本はどれも専門家の関心を超え、国際的ベストセラーとなって、世界中の書店に並んでいる。これはなにを意味しているのだろう?
おそらく、だれもがじぶんたちの生きている現在を世界史の転換点、ひょっとすると世界史(人類史)のトータルな消滅をすら予感しているといったような感触がひとつ。それにくわえて、DNA解析などの諸技術の急速な発展による、考古学/人類学領域の新発見の続出がひとつ。どうも、わたしたち人類の歴史は大きく書き換えられているようだ。
それはだれもがニュースに接していれば薄々感じるところだろう。いったいそれがわたしたちの過去をどう変貌させているのか?わたしたちはいったい、なにものなのか、本当はどこからきたのか、そしていったいどこにむかっているのか?
人類史のほとんどは、手の施しようもなく、闇に埋もれてしまっている。なるほど、われらがホモ・サピエンスは、すくなくとも20万年前から存在している。だが、いったいその20万年のあいだになにが起きていたのか、わたしたちにわかっているのは、ごくごくわずかの期間にすぎないのだ。
たとえば、スペイン北部のアルタミラ洞窟では、紀元前2万5000年から前1万5000年のあいだ、すくなくとも1万年以上かけて絵画や彫刻が制作されている。おそらく、この時代にも、たくさんのドラマティックな出来事が起きたはずだ。ところが、それがどんな出来事だったのか、わたしたちはほとんどなにも知らないのである。
もし人類史にまつわる大きな問いが浮上してくるとしたら、ふつう、人がこう自問をするようなときである。どうして世界はこうも混乱しているのか、どうして人間はかくも傷つけ合うのか、どうして戦争や貪欲、搾取があるのか、どうして他者の痛みに対する徹底した無関心がはびこるのか。わたしたちは太古の昔からそうだったのか、それともどこかの時点でなにかひどくまちがってしまったのか?