謙虚で目立たないのが持ち味
政府の締め付けやコロナ禍で苦しむアリババグループの舵を取る

 張氏は2011年にタオバオから独立してブランド化した天猫のCEOとなり、天猫は今では世界最大のB2Cプラットホームへと成長した。さらに2015年にはアリババグループのCEOに就任、さらに2018年には馬氏が翌年に董事局主席を引退すると発表し、張氏を後継者に指名した。

 2019年9月10日(「9月10日」は馬雲氏の誕生日であり、またアリババの設立記念日とされており、最高トップの交代は必ずこの日に行われる)に張氏がグループ董事局主席に就任した。この時、すっかり「アリババの顔」として世界中に知られるようになっていた馬氏に比べ、ずっと印象の薄い張氏の董事長就任を不安がる声もあったが、「謙虚なのが張勇の持ち味だ」と支持する声も多かった。

 そして、張氏とは逆に「目立つのが得意」な馬氏がこの年の11月に公開の場で政府の金融政策を批判したことがきっかけで、アリババ及び中国のネットビジネス業界は政府による深刻な締め付けに直面することになる。上場目前だった、アリババ傘下の支払いサービス「支付宝 Alipay」(以下、「アリペイ」)を運営する「マー蟻集団 Ant Group」(「マー」は「虫」に「馬」。以下、アントグループ)の上場に急ブレーキがかかり、その後政府による容赦ない規制にアリババは苦しんだ。当事者の馬氏は東京に一時「避難」していたことも伝えられたが、その間じっと目立たずに、苦境にあるアリババの舵を取り続けることができたのもまた、張氏だからこそだったと言われている。

 長かったコロナの厳戒態勢がやっと解かれた今年3月、馬氏が浙江省杭州市のアリババ本社に姿を表したことが明らかになった。その2カ月後の5月、アリババはそれまでグループ傘下にあったタオバオ、AI事業と合併したアリババクラウド、生活サービスグループ、物流業務など6業務部門をそれぞれ独立法人化すると発表。これはアリババ設立24年来初めての大規模変革で、今後アリババはグループ+独立法人+その他業務から成る「1+6+N」体制を取ることになった。

 そして6月。前述の通り、張氏が9月にアリババグループ董事局主席とCEOの席をそれぞれ、蔡崇信氏及び呉泳銘氏に譲ることが発表された。張氏は独立法人化したAI+クラウドサービスを担当するはずだった。だが、フタを開けてみると、「アリババのトップ技術者」である呉泳銘氏が同部門を引き継ぐことになったのである。

 これをIT業界では「技術者の逆襲」と呼ぶ声もある。というのも、呉泳銘氏はアリババ初の技術者出身のグループCEOとなったからだ。馬雲氏は長らく、「アリババはIT企業ではなく、中小企業にビジネスソリューションを提供しているに過ぎない」と言い続けてきた。そのアリババのCEOのバトンがここで会計業界出身の張勇氏から呉泳銘氏に引き渡されたことで、アリババは名実ともにIT企業になっていくようにも見える。