三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第20回は「投資の神様」ウォーレン・バフェットの分散投資に関する警句に光を当てる。
バフェットの名言に続く言葉とは
主人公・財前孝史と「道塾学園」創業家の令嬢・藤田美雪はそろって米投資家ウォーレン・バフェット氏の足跡と哲学を振り返る。美雪はバフェット氏のある名言を投資仲間に紹介し、王道とされる分散投資ではなく、思い切って投資先を絞り込む覚悟を求める。
分散投資は無知に対するリスクヘッジだ(Diversification is a protection against ignorance.)――。分散・長期・積立が王道とされる時代に、なかなか刺激的な言葉だ。
もっとも、これはプロ中のプロにだけ当てはまる警句だろう。バフェット氏の言葉はこう続く。「自分が何をやっているか分かっている人には、ほぼ無意味だ(It makes very little sense for those who know what they’re doing.)」。
ここで言う「分かっている」のハードルは高い。美雪が別のバフェット語録から引いてみせたように、その企業について論文一本書けないと「分かって投資している」ことにはならないという。プロのファンドマネジャーでもこれをクリアするのは大変だろう。
プロでも難しいのだから、個人にとってはやはり分散投資が基本で、本当に惚れこんだ企業だけ、以前に当コラムで紹介したサテライト投資の位置づけで組み込むのが現実的だ。
「資産運用立国」の違和感
「プロでも難しい」と書いたが、バフェット氏のこの言葉は、日本の株式市場とアセットマネジメント業界が取り組むべき課題の本筋だと私は考えている。資産運用の多様化と競争・淘汰、その先にある資本の配分の最適化が日本経済の長年の宿題だからだ。それは岸田政権が打ち出す話題の「資産運用立国」構想に通じる方向性でもある。
現状、日本株ファンドの中には、それなりの運用手数料(信託報酬)がかかるのに市場平均(ベンチマーク)と運用成績が大差ないファンドが散見される。「量」が勝負のセルサイド(証券会社)の調査対象も大型株に偏りがちだ。ファンドマネジャーやアナリストの眼が届かない中小型株は、価値が発掘されることなく放置されている。裏返せば、日本には「知られざる有望銘柄」がまだたくさんある。
そういった投資先に光を当てる地道なリサーチは本来、それほど多くの人手はかからない。目利きが数人いれば、集中投資型のファンドを運営するのは可能なはずだ。
だが、日本ではそうしたブティック型の運用ビジネスがなかなか育たない。ネックのひとつは事務コストの負担。たとえば投資信託では、厳しい規制をクリアするにはかなりの人員の自社のバックオフィスが必要で、黒字化のハードルが非常に高い。
業務の外部委託などの規制緩和が進めば、小回りの利く運用会社が活躍できる余地は広がる。隠れた価値をあぶりだす担い手が育てば、株式市場全体の効率性も高まり、経済の新陳代謝も高まるはずだ。欧米のように地方都市にきらりと光る運用会社が増えれば、働き方の多様性や地域の活性化にもつながる。
岸田政権が示す資産運用ビジネスの活性化に私は基本的に賛成だ。ただ、「資産運用立国」というフレーズには違和感を持っている。小国ならいざ知らず、日本の経済規模で資産運用によって「立国」を目指すのは無理がある。新たな付加価値を生んで成長の原動力となるのは、金融ではなく、あくまでリアルなビジネスだ。資産運用ビジネスは、欠かせないパーツではあるが、アシスト役でしかない。