『はどめ規定』があるからといって、人間の受精・妊娠のしくみについて『絶対に教えてはならない」わけではないのですが、この規定によって教育現場で妊娠のプロセスを扱うことには大きなハードルとなってきました」

 また性教育の遅れは、「言わなくてもわかるはず」と察することを優先し、言語化が苦手な日本人が多い点も関係しているのではないかと浅井春夫氏は指摘する。

「日本人は言葉にするよりもその場の空気を重要視しますが、空気という曖昧な判断基準ではなく、性的な関係になるならきちんと相手の『同意』を得なければなりません。親子が愛情を伝え合うふれあいにおいても、好意や親しさと、同意なく相手のからだを触ることは、別のことだと教える必要があります。自分が触りたくても相手にとっては不快な時もある。誰かが自分に触れようとした時、自分の気持ちに添って受け入れるか受け入れないかを決めていい。だから親も子どもに触れたいときは『うれしいからハグしてもいい?』と、聞いてみてください。親が同意の確認をしてくれると、子どもは『自分のからだは自分だけのものなんだ』という意識が芽生え、自分も相手も大切にできるスキルが育っていきます」

 自分のからだの大切さを伝え続ければ、子どもは誰かにからだを触られることが不快だと感じた時、はっきり「いやだ!やめて!」と意思表示ができるようになるだろう。

「その基礎が子ども時代にできるかどうかで、自分を大事にする判断や他者のからだや気持ちを尊重することを学ぶことになるのではないでしょうか」

「らしさ」の
押しつけをやめる

 この「性的同意」と同様に親が気をつけたいのが、「男は男らしく、女は女らしく」という凝り固まった性別役割の押しつけだ。

「昔はよく『男なんだから泣くな!』『女の子らしく大人しくしなさい!』と子どもを叱る親もいましたが、こうした男らしさ、女らしさというものに厳密な定義はありません。ただし、いろいろな調査を集約していくと、結局、男らしさは強さと知性、女らしさは美と従順という結果になることが多い。強さはリーダシップ、家庭や職場などで先頭に立って引っ張っていく力で、従順は相手を立てて従う力です。つまり男は前に出て活躍し、女性は一歩下がってそれを支える。従来は、それを男らしさ女らしさと表現してきたわけです」

 しかし、当然ながらその人自身の「らしさ」は個々の考え方や行動力によって異なるものであり、性別で一くくりにできるものではない。

「性別に関係なく、子どもが大切にしているものやキャラクターを親が受け止めて、親もバックアップしていくことが重要です。まず親が子どもの個性を認め、性別の枠に当てはめて考えないことが求められます」

書影『パンでわかる包括的性教育』『パンでわかる包括的性教育』(小学館クリエイティブ)
浅井春夫(監修)、ニシワキタダシ(絵)、礒 みゆき(文)

 こうした性別の固定的な考え方は、幼少期に育んだ考え方がその後の人生にも大きく影響すると浅井氏は言う。

「性別的な役割意識にとらわれることがなければ、たとえば結婚したとき『男性だから稼がなくては』『女性だから家事と料理が上手であるべき』といった古い固定観念に縛られることなく、柔軟な役割関係の家庭を育み、子育ての喜びや現実も共有していけます。お父さんが料理を作ったり、お母さんが仕事を頑張ったりと、日々の生活の中でそういう姿勢を親が見せることもよい性教育になるのではないでしょうか」

 性教育と難しく考えるのではなく、親が子どもの気持ちとからだを尊重し、ありのままを認め、大切にする。それが何よりも子どもにとっての学びになっていくのだ。