「健康になりたい」「お金持ちになりたい」は
本当にやりたいことか

 やりたいことリストを書いてみると、分かることがいろいろとあります。まず、やりたいことリストを作ろうとすると、やりたくないことの裏返しがリストの大半を占めることに気づきます。これは私だけでなく、私が仕事でメンタリングをしている方々にも共通することでした。

 アメリカの臨床心理学者・ハーズバーグが提唱した「衛生理論(二要因理論)」という理論があります。衛生理論では、人間の欲求には苦痛や欠乏状態を避けたいという動物的な欲求と、精神的に成長したいという人間としての高レベルな欲求の2種類があるとし、前者を満たす要因を「衛生要因」、後者を満たす要因を「動機付け要因」と呼びます。人間は衛生要因が満たされてはじめて、本当にやりたいことを追い求めることができるとされています。「こうなりたくない」という願いばかりが挙がるのは、私も含めて衛生要因を満たすことで精いっぱいの人が多いということでしょう。

 衛生要因を満たす願いの典型は「健康でいたい」というものです。また「お金持ちになりたい」「億万長者になりたい」と挙げる人も多いと思います。しかし、これらを本当にやりたいことといってよいのでしょうか。

 新型コロナ感染拡大が始まってしばらくは「ウイルスに感染しないことが個人にとっても社会にとっても、一番大事だ」という風潮がありました。そんな中、名言だと思ったのが「人間は新型コロナにかからないために生きているのではない」という言葉でした。やりたいことや目的があって、それを果たすために感染しないようにするというのは分かりますが、その逆ではないというわけです。

 お金持ちになりたいという願いも健康でいたいというのと同様、実は「お金に困らない状態でいたい」という衛生要因のひとつに過ぎないかもしれません。本来なら、お金を使ってやりたいことがあって、それを果たすためにお金を得るというのが、あるべき順序のはずです。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらの研究によれば、米国では年収7万5000ドルを超えると、それ以上稼いでも日々の幸福感には影響が表れないことが分かっているそうです。