感情移入の差(高瀬敦也『スキル』P.66より転載)感情移入の差(高瀬敦也『スキル』P.66より転載) 拡大画像表示

 ちなみに、人を巻き込むにあたってはスタート時点に近ければ近いほど効果的です。何かプロジェクトに参加するとき、「最初の方から参加する」のと「終了間際や完成直前に参加する」のでは参加意識が変わりますよね。早くから関わった事柄に対しては、それだけ自分の意思が反映されたものと認識されて感情移入します。

「甘え甘えられる」という相互関係

 念のため確認しておくと、何か人に頼み事をするとき「インセンティブや条件をつけて合意を得る」のが一般的なビジネスマナーです。まずこれは大前提です。ですから甘えるときは「私はあなたに甘えさせていただいてます」と、明示することが重要です。台詞としては、「甘えさせてもらっていいですか?」という感じでしょうか。何の理由もなく甘えて頼むと、不思議と純朴さが評価され、損得なしの関係性が生まれやすくなります。

 一方、インセンティブありきの依頼は双方の利害を調整する交渉になります。ちなみに、人は「達成感や満足感を得るための自発的行動」に対して、金銭などの報酬を受けると、次第に「報酬を受けること自体」が目的となり、やる気や意欲が低下します。これを心理学で「アンダーマイニング効果」と言います。

 前提として、甘えられることを嫌がる人はそう多くないと思います。双方に「私はあなたに甘えています」「私はあなたに甘えられています」という認識があるという状態は健全な関係ともいえます。「甘える」と「甘えられる」という相互関係が構築されることにより「なぜ頼まれたのか」「なぜ頼んだのか」という問いがなくなります。貸し借りの観点から見ても、理屈を超越した感じがします。

書影『スキル』『スキル』(クロスメディア・パブリッシング)
高瀬敦也 著

 ただ単に「これをやって」「OK」と交わされる会話は、それ以上の何かを生み出すことはありません。「自分はあの人に甘えている」「自分はあの人に甘えられている」という共有認識があることに意味がある、という点を強調しておきたいと思います。

 甘えるというのは「私はあなたを必要としています」「あなたと継続的な関係を構築したい」「元々あなたとは良い関係ができていると考えています」という意思表明です。冒頭で「人に甘えるということは、家族や親族、長い付き合いのご近所さんには許されてもビジネスの現場ではあまり使えないと思われている」と言いました。裏を返せば「あなたを親族や馴染みのご近所さんのように親近感を持っています」というラブコールです。

「甘える甘えられる」という関係からは、余計な損得抜きに一人では生まれ得なかったものがこの世に放たれていくことになります。一人で考え、理屈ありきの関係性で進む仕事よりも、はるかに経済合理性が高いのです。

 そして、甘えるというのは「自分の無力さを知る」ということでもありますし、「人のありがたみを知る」ということでもあります。甘えることによって、人との結び付き、社会との繋がりは多く太くなります。これは自分の心にゆとりを生みますし、いざというときの心の支えになります。これが「甘える力」というスキルです。