東京・羽田からスカンジナビア航空で約13時間。デンマークの首都コペンハーゲンは、“北欧のパリ”という謳い文句を信じて訪れると、その長閑ぶりに肩透かしに合う。実際、人口80万人は本物のパリの3分の1に過ぎない。ところが、この小さな街の郊外に本社を構えるヘルスケア企業が今夏、時価総額で、欧州最強企業の名をほしいままにしてきた仏LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(本社パリ)を抜き去った。
その会社はノボノルディスク。今年創業100年を迎えた地味なスペシャリティファーマが、機関投資家らの注目を俄かに集めることになったのは語るまでもなく、糖尿病薬として開発されたGLP1受容体作動薬「オゼンピック」の抗肥満効果が、減量手術と肩を並べるような有効性を上げたことによる。これだからクスリの開発の世界は面白い。
図らずも大きな金鉱脈を掘り当てたノボは、オゼンピックの肥満症版である「ウゴービ」や経口剤とした「リベルサス」を相次いで投入し、自らが拓いた肥満症薬のゴールドラッシュにおける先行利益を確かなものにしようとしている。早くも追われる立場だからだ。
今回、高級ブランドで着飾るよりも、痩せたいというアンメットニーズのほうが高いことが「証明」されたことを受けて、GIP/GLP1受容体作動薬「マンジャロ」などを抱える米イーライ・リリーを筆頭に、独ベーリンガーインゲルハイムや米ファイザー、米アムジェンといった業界のビッグネームが相次いで肥満症薬市場へ参戦した。そうした会社の株価は総じて好調で、気の早いアナリストなどは肥満症治療薬市場が遠からず、1000億ドル(約15兆円)規模に成長すると皮算用しているほどだ。
翻って新型コロナウイルスの治療薬やワクチンの開発・実用化で“世界の周回遅れ”の実力しか発揮できなかったニッポンの製薬企業である。今回の肥満症薬をめぐるビッグウェーブを前にしても、皮肉を込めて述べれば「正常運転」を続けている。92年に承認された「サノレックス」以来、約30年ぶりの“痩せグスリ”として注目された大正製薬のOTC医薬品「アライ」は、今年2月に製造販売承認を取得したものの、「適正使用に向けた活動」と「安定供給の準備」に手間取っているとかで販売日が定まっていない。