精神科医からの回答とは?
『バーチャル精神科医 いっちー』
バーチャル精神科医?
そのアカウントは、
「うつ病と適応障害の違いは何か?」
「精神科で使われる薬には、どんなものがあるか?」
という情報発信をしていた。
ひょっとして、急に泣いてしまうのは心の病気のせいなのかもしれない……?
そんなことを考えて、ちょっと興味が出てきた。
専門っぽい内容も話していて、自分にはまったく縁のない世界だと思っていたから、そんな話はちょっと新鮮だった。
病気なのかどうか、一度話を聞いてほしいな。
でも、精神科はなんだか怖いイメージがあるし、リアルで行くのはちょっと……。
そんなことを考えていたら、この先生は、どうやら無料で「質問箱」というサービスをしているらしい。
質問をしたり悩みを相談すると、精神科医として無料で回答をくれるみたいだ。
「どんな悩み、相談でも質問してみてください」
そんなことが書かれている。
ほんとかな……。
それは甘えだ、とか、そんなことで悩むな、なんて厳しいことを言われないかな。
でも、他の人も気軽に質問をしていた。
だったら、私も回答してもらえるかもしれない。
そう思ったら、ちょっと質問してみたくなってきた。
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〔質問〕
初めて質問させていただきます。
こんなことを聞いていいのか……。少し迷うのですが、どうしても自分ではわからないので、質問させてください。
最近、会社で急に泣いてしまうので困っています。
表現しにくいんですが、泣きたい、とかそんな気持ちがあるわけじゃないのに、急に泣いてしまうんです。
怒られたり、傷ついたりとかではなくて、むしろ人に優しくされたとき、涙が勝手に出て止まらなくなってしまうのです。
こんなことは初めてで、なんでこんなことになってしまったのか……。
私は、昔から「泣くことは恥ずかしい」と言われて育ってきました。
両親には感謝をしているんですが、まさか自分がそんな恥ずかしいことをするようになるとは思いませんでした。
きっと、職場の人にも「よく泣いて、面倒なヤツ」「メンヘラだ」と思われていると思うと、誰にも相談できません。
もしかしたら心の病気なのではと思って、病院を受診しようとも思ったのですが、怖くてまだ予約していません。
ですので、よろしければ先生の専門家としての知見をお聞かせいただけると嬉しいです。
私はどこかおかしいのでしょうか?
これは心の病気なのでしょうか?
よろしくお願いします。
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質問してしまった。
文章が雑だったかもしれない。
読みにくくないかな?
読んでもらえなかったらどうしよう……。
そんなふうに思っていたら、すぐに回答が来た!
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〔回答〕
こんにちは、初めまして!
大変つらい状況かと思います。
たしかに、さまざまな理由から、職場で泣いてしまうことってありますよね。
さて、「泣く」という言葉を使う場合の多くは、主に悲しいという気持ちによって涙が出てくるものだと考えられています。
けれど実際には、「泣く」という現象は、感情を覚える脳の部位と、涙を出す部位とが強く結びつくために起こっているのだということがわかっています。
感情を揺さぶられるような出来事があったときに、その出来事を生存のために忘れないよう、必死で脳が記憶しようとするために、「涙を流すことで記憶する」という一種の生理反応なんです。
たとえば、怖い目にあった子どもって、もう安心な場所に移っても、しばらくは泣いたままですよね?
そうやって、その子たちは泣くことで「危険だ、怖い」という感情を強く記憶しようとしているんですね。
このような現象は一種の生理反応なので、息をずっと止めていられないように、止めようとしてもうまくいきません。
ですが、「人間は強く記憶するために泣く生き物だ」ということを知っておいてもらうだけでも、少しは気が楽になるかもしれませんね。
新しい仕事についたばかりの頃は、多くの方が自分でも理由がわからずに泣いてしまいます。
ですが、そうやって泣きながら記憶していくことで、環境に慣れて記憶することも少なくなり、徐々に涙は流さなくなっていくでしょう。
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回答を読んで、自分の中にカミナリが落ちたような感覚をおぼえた。
「『涙を流すことで記憶する』という一種の生理反応」
「人間は強く記憶するために泣く生き物だ」
そんな視点があったなんて、たぶん質問をしなければ一生気づかなかったと思う。
それくらいの衝撃だった。
「ハラ落ちした」
「腑に落ちた」
という言葉をこれまでなんとなく使っていたけど、この瞬間のことを言うんだろう。
明日は、いつもより平気で会社に行ける気がする。
確証はないけれど、たぶん泣いてしまったとしても、今日より前向きに泣けると思う。
それからは、会社で泣くこともあったけど、「泣く」ってことに対する恥ずかしさにとらわれなくなったことで、逆に泣かない時間も増えた。
周りの人からの見られ方も変わった気がする。単に気のせいかもしれないけど、そう感じるようになれた。
こうやって、自分の感情を記憶していこうと思う。
(本稿は、『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』より一部を抜粋・編集したものです)
精神科医いっちー
本名:一林大基(いちばやし・たいき)
世界初のバーチャル精神科医として活動する精神科医。
1987年生まれ。昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟にて勤務、論文を多数執筆する。SNSで情報発信をおこないながら「質問箱」にて1万件を超える質問に答え、総フォロワー数は6万人を超える。「少し病んでいるけれど誰にも相談できない」という悩みをメインに、特にSNSをよく利用する多感な時期の10~20代の若者への情報発信と支援をおこなうことで、多くの反響を得ている。「AERA」への取材に協力やNHKの番組出演などもある。