当たり前のことだが、投資家はスタートアップに対して何度も投資しているのに対して、起業家の多くは初めての資金調達か、経験があっても数回がせいぜいだ。そのため、投資家と起業家の間には資金調達に際して大きな情報の非対称性がある。しかも、車や家の買い物と反対で、お金を出す方が多くの情報・経験を持っているという事実も、立場の違いを大きくする要因だ。起業家は、資金調達とその交渉に非常に多くのエネルギーを費やすことになる。
どこの国のスタートアップエコシステムも、さまざまな商習慣を背景に持ちながらも、最初は投資家にとってリスクアバース(リスクを取りたがらない)な契約から始まる。しかし時間がたつうちに、投資家も起業家もリスクをとって成功した手法がまねされるようになる。消極的で大成功につながりにくい手法は自然淘汰されていき、エコシステム全体が進化していく。
日本のスタートアップエコシステムはそういう意味では、まだ進化の初期段階であり、リスクアバースな側面が大きい。投資家に有利な契約が主流な市場だ。正確には「投資家有利」というのは若干語弊があって、「短期的なリスクヘッジが重視されている」という方が、的確だろう。
だが短期的なリスクヘッジを重視するよりも、起業家にしっかりとリスクをとらせて、数少ない桁違いな成功を収めるほうが、投資家にとっても起業家にとっても、エコシステム全体にとっても収益性は高い。その結果、市場はそのように進化していくのだ。米国も欧州も、進化の方向性は同じだった。
日本の場合は、この連載の第1回(『日本の“早すぎる上場”はスタートアップエコシステム全体にとっての損失──持つべき4つの視点』)でも述べた通り、上場時の時価総額が他国に比べて圧倒的に小さい、つまり成功のサイズが小さいので、数少ない成功によって多くの失敗を取り返して余りある成功を狙う米国型の投資スタイルに比べると、失敗(倒産や清算)をできるだけ少なくすることがより重視される。
しかし今後、日本のスタートアップが世界で挑戦したり、また海外の投資家を呼び込むために、リスクをとって大きな成功を狙う欧米型の投資スタイルに進化していくのは間違いない。一方で各国の進化の過程やスピードが異なっていたように、日本にも特有の商習慣や市場環境があるので、それに応じた進化を遂げていくことになるだろう。
これらを踏まえて、起業家が資金調達に当たって、どのように契約に係るツール類を理解し、使っていくのがよいか、僕なりの考えをまとめてみたい。