積乱雲は水曜日に発達しやすい?

 一方で、氷を含む背の高い雲、たとえば積乱雲に対するエアロゾルの影響は、まだよくわかっていません。エアロゾルが増えると雲がより発達し、そのぶん雲に供給される水蒸気量が増えるので、雨量が増えるという説があります。

 エアロゾルの数は人間活動によって変化し、大型トラックからの排ガスによって火曜日から木曜日に数が多く、その影響で「積乱雲が水曜日に発達しやすい」とする研究もあるほどです。

 このように、「エアロゾルが増えれば雨量が増える」という説を実証する観測研究もあれば、逆に反証する観測研究もあります。なおかつ、大気の状態や上下方向の風のずれ、積乱雲の形態やまとまりによっても雲・降水への影響が異なるため、現在も議論が続いています。

 さて、ここまでは「水」の雲粒を作るエアロゾルについての話です。

「氷晶」の核になるエアロゾルは、そもそもどんなもので、どこにどのくらいあって、どのように変動するのかすら、理解が不十分です。

 以上のことから、地球温暖化の予測においてエアロゾルと雲・降水の関係は不確実性が大きいといわれており、さらには天気予報などの短期的な予測にも影響すると考えられています。

 実際、現在気象庁で運用されている数値予報モデルでは、エアロゾルの影響をちゃんと扱っているわけではありません。

 将来的には、エアロゾルと雲・降水の関係の理解を深めるだけでなく、エアロゾルの組成や分布を扱う化学モデルと組みあわせて、より詳細なシミュレーションをする必要があるでしょう。

気象情報の未来

 現在の天気予報では、観測データを基にしたもっとも精度の高い初期値から行う予測、「決定論的予測」を基本的に使用することで、シナリオが作成されています。

 多くの場合は最新の初期値、つまり予報時間の短い数値予報が精度は高く、その結果から作られた天気予報が発表されます。

 ただ、決定論的予測であっても、予測が現実と離れてしまうことがあります。積乱雲や線状降水帯、南岸低気圧による関東の雪、台風が典型例です。

 これらの現象の正確な予測は現在の技術では難しいので、決定論的予測がそもそも不確実であるということを前提に、人間が予報シナリオを作成する必要があるのです。

 一方で、気象キャスターとして働く友人の話では、マスメディアの中には視聴者が「満足する」情報に、事実を誇張したり捻じ曲げたりして提供しようとするケースもあるそうです。

 不確実とわかっていても、メディアは特定のシナリオを言い切りたいのです。視聴者も言い切られることで安心したいという心理が働き、メディアは特定のシナリオを出してしまいます。

科学的に誠実であること

 果たして、このままでいいのでしょうか。最近では、短期予報用の「メソアンサンブル」のデータが気象庁から提供されています。このようなデータを上手く使いこなせば、予報が難しく社会的影響の大きな南岸低気圧による降雪などの現象についても、もっと科学的に誠実な情報を出せるのではないでしょうか。

 たとえば南岸低気圧による雪が関東に降るかどうかを「明日は東京で曇りの確率が三〇パーセント、雨の確率が一〇パーセント、雪の確率が六〇パーセント」とも表現できます。

 それだと、わかりにくいので困るという方もいるかもしれません。しかし、「予測が難しいこと」を正直に伝えるほうが、科学的には誠実ではないかと思うのです。

 もちろん、マスメディアの目標の一つである視聴者の「満足」を考えれば、言い切りたいという思いを理解することはできます。ただし、その結果として、視聴者の科学リテラシーを蔑ろにしてしまっているのではないかと、私は危惧しています。

 降水確率や台風の予報円も確率情報なので、工夫次第で上手く伝えられるかもしれません。

 一般の人たちの気象情報を読み解く力が身につくように情報発信を繰り返していけば、メディアはさらに科学的に誠実な解説ができるようになるでしょう。

 まずは本書を読んでくださっている皆さんのように、基本的な気象の知識を身につけていただくことで、社会全体がよい方向に変わっていくのではないかと思います。

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしから抜粋・編集したものです)

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・博士(学術)。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事したあと、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、気象災害をもたらす雲の仕組みの研究に取組んでいる。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、KADOKAWA)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、新刊に『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(ダイヤモンド社)などがある。
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