安倍首相が言及したシミュレーションは、英オックスフォード大学のクリストフ・フレイザー教授のグループが発表したもの。論文ではアプリで感染者の効果的な追跡を行うアイデアについて、数理シミュレーションを用いて検証した上で、濃厚接触者の感染確認から隔離の期間を短くすることが感染拡大を防ぐ上で効果があることを示している。この試算結果では、「人口の56%またはスマホユーザーの80%がアプリを使用すれば、エピデミック(感染拡大)を防ぐことができる」としている。
しかし、“人口の6割”という目標は、ほとんど達成不可能な水準だ。理由は単純。日本のスマホ保有率が6割強しかないからだ。
政府CIOが公表した接触確認アプリの仕様書によると、スマートフォンの個人保有率が64.7%(令和元年版 情報通信白書)であることから、「最大で国民の6割以上が導入することを目指す想定」でシステムの拡張性を確保するとしている。スマホを持つすべての国民がアプリを導入して、ようやく達成できるのが6割という水準なのだ。この目標を実現するためには、LINE並み(ダウンロード数非公開、国内月間アクティブユーザー8400万人以上。「LINE Business Guide」より)の導入が必要になる。昨年日本で最もダウンロードされたアプリ(App Annie「モバイル市場年鑑 2020」より)である決済アプリの「PayPay」ですら、ダウンロード数は2500万件と、人口比でいえば2割に満たない。
とはいえ、導入が6割に満たなかったとしても効果が無いわけではない。例えば通勤電車内での接触者など、これまでの聞き取り調査では確認できていなかった濃厚接触者がアプリを通して判明する可能性もある。
また、対応人員がひっぱくしている保健所の省力化にも役立つ。実際、新型コロナウイルス感染症対策の専門家会議の提言では、省人化のための対策の一環として、アプリの活用を位置づけている。日本が効果を上げている、感染源を探るクラスター対策「さかのぼり接触者調査」を支えるものとして、アプリから得られる情報は有効に機能するだろう。
試される日本人のITリテラシー
このBluetooth ビーコンを使って場所を探す仕組みは、数年前から存在する「忘れ物防止タグ(スマートタグ)」とほぼ同等の内容だ。実際に使っている人が多いほど、有効に機能する仕組みといえる。
「接触確認アプリ」が実際にコロナ対策に効果を発揮するかは、どれだけ普及するかによっても大きく左右される。プライバシーの問題以上に課題となりそうなのは、スマホユーザー各個人に使ってもらうまでのハードルの高さだ。