この日、実事があったわけです。源氏は、

「今まで衣を隔ててよく過ごしてきたものだ。幾夜も共に寝馴れた夜の衣を」(“あやなくも隔てけるかな夜よを重ねさすがに馴れしよるの衣を”)

 という歌を贈りますが、紫の上のほうは、

「なんでこんなに嫌らしい気持ちのある方を、疑いもなく頼もしいものに思っていたのか」(“などてかう心うかりける御心をうらなく頼もしきものに思ひきこえけむ”)

 と、“あさましう”(情けなく)思う。

 昼ころ、源氏が来ても、夜具にしている着物をますます深くかぶって臥せっている。源氏が夜具をひきのけると、紫の上は、

「汗にぐっしょりつかって、額髪もひどく濡れている」(“汗におし漬して、額髪もいたう濡れたまへり”)

 これはただ事ではないと源氏はあの手この手でご機嫌を取りますが、紫の上は、

「心底恨めしく思って、一言の返事もしない」(“まことにいとつらしと思ひたまひて、つゆの御いらへもしたまはず”)

 という有様です。

 それを源氏は「まるで子どもだな」と可愛く思って、一日中部屋に入り浸って慰めるのですが、

「なかなかご機嫌が直らぬ様子が、いっそう可愛らしい」(“解けがたき御気色いとどらうたげなり”)

 とされます。

被害者の激しいショックを
徹底的に描いた紫式部

 孤児同然の状態で、意地悪な継母のいる父に引き取られる寸前の紫の上が、今をときめくイケメン貴公子の源氏によって、拉致同然とはいえ、引き取られた上、こうして大事にされている。

 しかも源氏は、新婚三日目に夫婦で食べる「三日夜の餅」を作るという、正式な結婚の準備までしてくれる。男が妻方に通い、新婚家庭の経済は妻方で担われていた当時、この準備は通常、妻方で担っていたのですが、この時はまだ自分のもとに紫の上がいることを、その父にも知らせていなかったため、夫である源氏のほうで準備したわけです。

 父にも知らせていないというのもひどいんですが、紫の上はそうされても誰にも文句を言えない幼さですし、父側ももとより同居の娘ではないので、無関心に近かったのです。

 なので、源氏にこうして正式の妻扱いされたことを、紫の上に従ってついてきた乳母は、「ここまで期待していなかったので、しみじみありがたく、行き届かぬことのない源氏の君のご配慮に、まずは泣けてしまった」と、感激している。