単一的なメッセージで描かれる被災地と北朝鮮

初沢 すでにお話しましたが(第1回参照)、私が「私」であり続けること、つまり「我々」にならないことは大事だと思います。「我々」とは、被災地における「東京人」だったり、北朝鮮における「日本人」であったりと恣意的に母体を形成し得るわけですが、私は「私」でしかありません。もちろん、責任の所在も「私」です。

 そうすると、「我々」にとって都合の悪い、切り捨てられていく現実の中にも、興味深い要素が無数にこぼれ落ちていることに気がつきます。その要素を1つひとつ拾い集めていくことで、どのように全体を描くことができるか。当然、対象を一面的に切り取っていくことはできなくなります。その点では開沼さんと一致する見解だと思います。

 ただ、僕の場合は非言語的な拾い集め方になるので、向き合ううえでの視座のようなものがどこか曖昧なんですよ。撮った写真を見て「世界はこれでいい」と安心感を覚える作品を増やしていければいいかな、と。

開沼 視点を固定化する、「私」がどこに立ち位置をとっているかを明確にする。一見すると「偏った視点」で「偏った素材」しか集まらないように見えますが、実際は、視点を固定化するからこそ世界の多様性が見えてくることもあります。むしろ、立ち位置を曖昧にして「客観的な観察者」を装ってしまったほうが、「偏った素材」だけ集めてもそれを読者に気づかせることなく、隠蔽できてしまう。

『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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初沢 ただ、北朝鮮で「私」を保つのは案外楽ではなかったように思います。「日本人が北朝鮮にいる」という事実がこちらの脳を突き刺してくる。さらに、撮影そのものに圧倒的な制限がかけられているわけです。「世界はこれでいい」なんていう凝縮された絵を探し求める時間も、心の余裕もありません。

 被災地では、朝7時から夕方5時まで、街中を歩いたり港に行ったり、 1日500枚くらいの写真を撮ります。その中で選ばれるのは多くて1枚。世界の複合性をきちんと映し出しながら、技術的にも完成度の高いものを追求できます。北朝鮮では、滞在日数を考えると1日10枚は“オッケー”なカットを作らなければなりません。「日本人から見て共感できるポイントを探す」というように視点をある程度絞り込むことで、撮影をこなすことができました。

開沼 なるほど。前提条件が違うと作り方もだいぶ違うわけですね。

初沢 被災地も北朝鮮も同じスナップという手法をとってはいますが、撮り手の意識も本の構成も違います。北朝鮮の写真集は誰も撮れなかったものを見せているので、見る側はどうしても情報に目がいってしまう。写真が良いか悪いかを感じる人はほどんどいなくて、「こんな生活があるんだね」と写真の中に入ってしまいます。

 転がっているいろんなものをそのまま出してしまうと「何が言いたいんですか?」と言われることもあります。だけど、「いやいや、世界が多面的であることは大切で、実はそのまま受け止めることが唯一の平和的解決策です」と提案を続けるしかないんでしょうね。

開沼 この写真集1回でその提案を終わらせないことが重要ですよね。でも普通に考えたら、1回で終わってしまうとも思います。例えば、テレビで北朝鮮特集を行うときも、「軍国化を目指す政府」「貧困にあえぐ庶民」という単純化したフレームによる北朝鮮像をそう簡単には手放せないでしょう。

 多面的に取り上げる枠組みを社会に向けていくためには、もちろん、亜利さんのように写真を撮って公開する方法もあると思います。そこから後追いで、北朝鮮をこの枠組みで見ていこうという人が増えるためにはどうすればいいと思いますか?

初沢 まったく増えないでしょうね。う~ん、諦めのため息しか出てこない……。開沼さんもそういうため息つくことはありませんか?

開沼 ありますね。『「フクシマ」論』(青土社)でも『漂白される社会』でもフレームを壊し続けていますが、増えないですから。

初沢 なかなか解決策というのは、ね。どうしても単一的なメッセージを発する人には適わないですよね。どうしたらいいのかなって。わかりやすく単一なメッセージに必ず戻っていくんでしょうね。なんだか希望がない話ですね(笑)。

公安調査庁から突然送られてきたメール

開沼 亜利さんはこのまま北朝鮮に関わるんですか?一度形にしてるので、かなり信頼関係ができていると思いますが。

初沢 次は別のことに取り組もうかなと考え始めています。具体的には沖縄ですかね。中央と地方の関係を考えた時に真っ先に出てくるのは沖縄ですから、一度はちゃんと向き合わなければと思っています。ただ、北朝鮮との関係が今後さらに緊張感を増すような事態になった場合には、もう少し北朝鮮問題をやり続けたほうがいいのかなという感じもしますよね。日本の外務省の人や国会議員、北朝鮮ウォッチャーと話をしても、誰もあの国には入れないので。

 たかだかいち写真家に何かができるわけでもないんですけど、どこかのポイントで単に写真を撮って伝える以外の役割を思いついたり、あるいはその役割を期待されたりとしたら、それはそれで買って出ようと思います。「写真集を出したのであとは関係ありません」ではもったいないかな、色々な意味で。とにかく、もう1回は行ってみたいですね。案内人に「この写真集どうですか?」と訊いてみたい。

開沼 最後に、写真集の「あとがき」に公安調査庁からの接触があったと書いてありますが、公安調査庁からその後の連絡はありませんでしたか?

初沢 むしろ、「あとがき」に公安調査庁の話を書いてしまったら、急に連絡がとれなくなってしまいました。

開沼 そうなんですか。

初沢 どうしてだろう?そんなに悪く書いたつもりはないんだけど。

開沼 彼らは当たり障りもない内容のメールをしてコンタクトをとってくるそうですね。携帯のメールアドレスから。

初沢 そうそう。ソフトバンクの携帯メールから僕のパソコンにメールがきて、「最近北朝鮮行かれましたよね?ぜひお話をうかがいたいんです」って。しばらくは無視していたんですが、ちょっと話をしてみるかと会ってみました。そこから2、3年です。結局こちらは何の情報も提供しなかったんですけど、写真展やトークショーにも来てくれました。

「今日は公安調査庁の方も、総聯の方もいらっしゃってくれていますが」と前フリで触れると「誰だ?誰だ?」という状況になりましたよ(笑)。ところが、「あとがき」で書いちゃったからかな、初沢なんか相手しなくていいよってなったんでしょうね。寂しいですね、最近公安の人が来てくれないので。

開沼 総聯の人は写真集に対してどういう反応でしたか?

初沢 気に入られすぎて怖いくらいです(笑)。あと、いわゆる“ネット右翼”からもほとんど批判はきていませんね。肩透かしにあったような気分です。相手にされていないだけかもしれませんが。

開沼 北朝鮮に偏っているわけでないからですよね。写真からどんなメッセージを読み取るかは、読者の判断に任されている印象です。

初沢 任されています。北朝鮮の人が海で楽しそうに泳いでいる写真を見ることで、「自分たちがさんざん見ている報道とはなんでこんなに違うんだろう?」という疑問が頭をよぎり、「報道にはどんな意図が働いているのか?」「日本はこの国とどうしていきたいのか?」と次の段階に少しでも深めていってもらえたら嬉しですね。ささやかな導入としての役割が果たせれば、いち表現者としては十分なのかな、とも思っています。

※対談を記録した動画を下記↓よりご覧いただくことができます。

【ボクタク外伝】開沼博(社会学者)×初沢亜利(写真家)【対談放送】

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