検診再開を期して始まった研究
実は導入後の死亡率は半減していた

 マスは本当に「集団検診の失敗例」だったのだろうか。厚労省が再開の条件として提示した宿題を果たすべく、檜山氏を主任研究者とする研究班が結成され、家原氏らも合流して、生後6カ月時のマスの有効性を罹患率と死亡率を指標に評価する研究が行われた。

 対象は、1980~83年と1986~98年に、日本で生まれたすべての小児。1984~85年は検診の受診率が低かったため除外し、総数は2228万9695人(約2300万人)。世界でも類のない、大規模な検証が行われた結果、マスが小児の死亡率減少をもたらしたことが示され、論文はLancet誌2008年4月5日号に掲載された。

 そこには、マス導入前の死亡率が5.38%だったのに対して導入後の死亡率は2.83%。神経芽腫で亡くなる患者は年間60人程度なので死亡率はほぼ半減しており、100万人あたり年間26人が、生命を落さずに済んでいたことが結論付けられていた。檜山氏は言う。

「後ろ向きコホート研究なので、前向き研究みたいに受ける組と受けない組を分けることはできていません。そういう意味ではバイアスが存在しうると非難されました。しかし、検証のクォリティを上げるために我々は最大限の努力と工夫をしました。

 総務省に行き、死亡個票と死亡診断書を全部調べたのです。もともと日本にはがん登録制度がなかったので、神経芽腫でどれくらい亡くなっているかさえも不明でしたから。死亡診断書を調べるのが、大変だけど一番正確でした。我々の論文を読んだLancetの編集者は、『これほどの規模の調査結果を公表しないのは罪だ』と語り、積極的に論文を掲載してくれました」

 ただ、スクリーニングで自然に治癒している腫瘍を一部で過剰診断している可能性が残されていたことから、檜山氏らはさらに、同時期の諸外国のデータとの比較検討を行った。

「北米とドイツの症例と比較検討した結果、マスが休止になった段階で『過剰診断』と推定されていた症例は『悪性度を増すリスクのある腫瘍』の早期診断であったことを示す結果となりました」