ビジネス環境や働き方が大きく変化する中、人と組織をめぐる課題は増えるばかりだ。近年、個人の学習・変化を促す「人材開発」とともに、「組織開発」というアプローチが話題になっている。入門書『いちばんやさしい「組織開発」のはじめ方』(中村和彦監修・解説、早瀬信、高橋妙子、瀬山暁夫著)は、注目のテーマだ。本記事では、これからの企業に不可欠な「人材開発」「組織開発」の第一人者であり、近刊『人材開発・組織開発コンサルティング 人と組織の課題解決入門』(ダイヤモンド社刊)の著者でもある立教大学経営学部の中原淳教授に、中途採用者がパフォーマンスを発揮するための方法について話を聞いた。第一回第二回第三回第四回はコチラ】

中途採用者を安易に「即戦力」と呼ぶな。前職のスキルが活かせない本当の理由【立教大学・中原淳教授インタビュー】いつまで経っても転職先に馴染まない中途採用者はいないだろうか?(Photo: Adobe Stock)

中途採用者を待ち受ける「2つのショック」

――近年人材の流動性が高くなってきています。転職してきた中途採用者が活躍するための条件はなんでしょうか?

 まず、「リアリティ・ショック」と「カルチャー・ショック」を乗り越えることが第一段階だと思います。

「リアリティ・ショック」とは、入社前に抱いていた「バラ色の期待」と実際の組織とのギャップに直面して、「こんなはずじゃなかったのに……」と葛藤や違和感を抱くことです。

「カルチャー・ショック」は、前職では当たり前だったことが転職先では通用しないなど、組織の文化や常識の違いに落差を感じることです。

 中途採用者は、新たな環境で活躍しようという期待を抱いて転職するものです。ただ、どうしても前の会社の文化や仕事の進め方と違うところもあるはずです。

 基本的に、転職するときには、どんなに同じような職種、仕事内容でも「異国に旅をするのだ」と覚悟を決めた方がいいと思います。

 入社前に抱いていた期待が裏切られることはよくあります。ここをどう乗り越えるかが、まずは大きな壁なのです。

 この壁を乗り越えるには、上司や同僚など、周囲のサポートが欠かせません。そこで孤独になってしまうと、つらいのです。

 そこでは、みずからフィードバックをとりにいったり、情報をとりにいったりするプロアクティブ(主体的な行動)が求められます。

 くどいようですが、中途採用者は「ひとりでできるもん」と自分ひとりで抱え込み、孤独になればなるほど「詰み」ます。

 中途採用者が組織で活躍するために乗り越えなければいけない壁は、本人が感じるギャップだけではありません。

 実は「中途採用者=即戦力」という、採用した側のイメージもいろいろ悪さをしてきます。

 組織は中途採用者のことを「即戦力」と見なしています。口に出してはいいませんが「お手並み拝見」と思っている社員もいます。

 そして多くの場合、中途採用に対して、高いコストを払っているので、さらにそれが加速します。

 当然、「早くパフォーマンスを出してもらわなきゃ困る」、「仕事ができるから採用されたんでしょ」ということになります。

 中途採用者の方もそう思われているのはわかっています。だから、わからないことがあっても、周囲に聞きませんし、頼れません。

 そうすると「孤独」に陥ってしまうのです。

中途採用者は「即戦力」であるという幻想

――それまでのキャリアや経験は、すぐには活かされない、ということでしょうか?

 その通りです。そこが「即戦力」という期待に対してズレが生じるポイントです。

「ポータブル・スキル」という言葉があります。「持ち運びができるスキル」という意味です。

 採用した側は、中途採用者はすでに「ポータブルスキル」をもっているだろうから、あとは放っておいてもスキルを駆使して「仕事ができる」に違いない、と思っています。

 しかし、学術研究の知見がすでに明らかにしているとおり、人間のスキルや有能さというのは「ポータブル」ではないのです。

 つまり、状況が変われば、あっという間に発揮されなくなってしまう。

 採用する側もされる側も、前職で培ったスキルや経験を次の職場に持ち運びできるに違いない、と思っているのですが、これは幻想(イリュージョン)です。

 知識やスキルはその人自身ではなく、働く環境に埋め込まれて発揮されているものなので、意外とポータブル(=持ち運び可能)ではないのです。

「これはこういう風にやればいいんだ」と思っても、転職してみると「そのシステムはありません」とか「うちは客層が違います」などとなりがちです。

 そのような違いを乗り越えて転職先に馴染むのにはある程度の時間がかかるのです。

 つまり、転職とは「学び直し」なんです。

 だから結局、中途採用者は虚心坦懐に転職先のやり方を学び直さなければならない、ということになります。

――リスキリングが必要である、ということですね。

 それまでのやり方をアンラーニング(学習棄却)して、新しい場所で経験をしながら学び直すことが必要です。

 ただ、それがなかなかできません。前の会社での経験は簡単に捨て切れませんし、学び直しにもエネルギーが必要だからです。

 そこではやはり、周囲の関与が必要でしょう。

 人にも相談できなくて、一年成果が出なければ、「あの人、中途で採ったけど失敗だったね」と、使えない中途採用者のラベルが打たれてしまう。

 場所が変われば、自分が変わるしかないのですが、それが難しいのです。