2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、ベストセラー『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
確証バイアスに囚われてしまった
ある起業家の事例
以前、こんなケースがあった。とある起業家から事業についてのプレゼンを受けた。「フィリピンと日本をつないで、オンライン英会話事業をしたい。そのサービスサイトを作ったので見てほしい」という内容だった。
しかし、こうした事業にはすでにレアジョブやDMM英会話など先行してスケールしている会社がある。その方に「レアジョブとかDMM英会話を試したことがあるのか? 違いは何か?」と聞くと、「そんなサービスは初耳だ」と返ってきた。
コンセプトを着想した時に「閃いたアイデアがイケている」という確証バイアスに囚われて、アイデアを過大評価してしまったのだ。現状のマーケットについてリサーチをせず、超レッドオーシャンのところに突っ込み、すでに数百万円をかけてサービスサイトを立ち上げていたのだ。
ソリューションを立ち上げる前に、そもそものコンセプトと戦略の有効性を検証することは必須だ。もし私が、その起業家のメンターとして壁打ちをするなら、下図のように整理するだろう。
最初に狙うべきセグメントを検証する
「言語学習をしたい人をターゲット」に置くと広すぎるし、競合が至る所にいそうだ。まず苛烈な競争を避けるために、最初に狙うべきセグメントがどこであるのかを検証し、その上でコンセプトも考えるようにしたい。
それには、以下のような質問をすると有効だ。
Q.現在、日本においてその言語の学習者数はどれくらいいるか?
Q.今後、その言語を学習する人がどの程度増えていきそうか?
Q.現状の利用可能な代替案の未充足はどの程度か?
上記の質問に基づき、市場を3軸で整理するだけでも、狙うべきセグメントの解像度が格段に高まる。
昨今のK-POPや韓国ドラマの影響で、韓国語を習う人が毎年20%増えていることが判明し、さらに、若年層であまり予算がない学習者が増えていることが判明する(これは架空のシナリオ/数字)。そうなると様々な言語学習の中で、狙うべきは韓国語になるだろう。
さらにコンセプトとして生成AIを用いて、人気ドラマのキャラクターを生成AIで作り出して会話する、といった発想の幅を出していける。
そのための戦術として、実際にいくつかのプロトタイプを作ってみて、実ユーザーにインタビューをするなどが考えられる。
起業参謀の視点
事業の成果は「行動の量」と「行動の質」の掛け合わせ。ただ、「行動の質」にこだわりすぎて、行動できない「分析麻痺」に陥ってしまっては本末転倒だ。
一方で、何も戦略性なしに行動してしまうのは、「沈みゆくタイタニック号で、ひたすらテーブルセットをすること」になってしまう。こういった行動パターンに陥るケースが驚くほどに多い。
起業参謀は、起業家が「コンセプト」→「戦略」→「戦術」→「行動」の順番で、磨き込んでいるのかを常にチェックするのが行動原則である(下図)。
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。