拒否してしまうと、どちらももらえないので、誰もが損します。それでも拒絶するということは、ある意味、「こんな不利な条件を受け入れると思ってるのか!」と言ってちゃぶ台をひっくり返すような状況です。すると、自分のアバターの背が低いときは、72%の割合で受け入れたのに、背が高いときは、38%しか不公平な提案を受け入れませんでした。つまり、アバターの背が高いときは、相手の不公平な提案に対して、自分が損してでも拒絶する傾向が高まるのです。このように、仮想世界で背が高くなっただけで、自分に対する自信が増し、相手に不利な提案をもちかける一方で、自分に不利な提案は拒絶する、という何とも独善的な行動をとるようになったわけです。

書影『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)
中野珠実 著

 ニック・イーらは、アバターの見た目が、そのユーザーの気持ちや行動に影響を与えることを、ギリシャ神話に出てくる変幻自在に姿を変える神、プロテウスにちなんで「プロテウス効果」と名付けました。このプロテウス効果のすごいところは、アバターを1分間ほど操作しただけで、瞬時に自己評価が変化し、行動変容が起きる点です。アバターをツールとして使いこなしているだけでなく、自己の一部として取り込んでいるのです。逆に言えば、仮想空間での滞在時間が長くなり、アバターを介して他者と交流していると、自分のアイデンティティがアバター中心のものに移り変わっていく可能性も十分ありえます。

 今後、私たちがVRの世界に滞在し、アバターを介して交流する機会はますます増えていくことが予想されます。その際、どのようなアバターを皆が選ぶようになるのでしょうか。

 仮想空間上のアバターの顔が、これまでのリアルな人間を映し出すものから、どんどん別物へと進化していく可能性は十分考えられます。その影響を受けて、他者の顔や表情を認識する脳の仕組みや、自己の内面を外に表す方法、自己意識の在り方は変わってしまうのでしょうか。人類の長い歴史の中で、鏡の発明に匹敵する顔の変革が、今、起きつつあるのかもしれません。