福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治氏福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治氏 Photo:SANKEI

「校賓」として顕彰される
王貞治と小室哲哉

 東京の西郊・国分寺市にある小中高一貫の私立共学校だ。明治時代に設立された伝統校で、早稲田大学の「系属校」だ。生徒のほとんどが推薦で早大に進学できるため人気が高い。略称は「早実」だ。

「校賓」という称号を使って顕彰されている卒業生がいる。王貞治と小室哲哉の2人だ。

「王といえば早実、早実といえば王」と言われる。本塁打世界記録868本を達成し、現在は福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治のことだ。

 王は、1940年に東京の下町・墨田区で中華料理店を経営する家に生まれ、区立本所中学から早稲田実業学校(早実)高等部に進学、硬式野球部で左腕のエースになった。1957年に春の甲子園センバツ大会で全国優勝した。

 1959年にプロ野球・巨人に入団した。長嶋茂雄(千葉県立佐倉第一高校・現佐倉高校―立教大卒)とのONコンビで巨人のV9に貢献した。現役引退後は、巨人、ダイエー・ソフトバンクで監督を歴任した。2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシックでは日本代表監督を務め、優勝へ導いた。

 1977年に新設された国民栄誉賞の第1号受賞者であり、2010年には文化功労者として顕彰された。

 もう一人の「校賓」である小室哲哉(1958年生まれ)は、日本で指折りのミュージシャン、音楽プロデューサー、作曲家だ。

 早実から早稲田大社会科学部に進学、在学中にプロミュージシャンとしての活動を開始した。1980~90年代にかけて小室は、多くの歌手に楽曲を提供した。『BOY MEETS GIRL』『恋しさと せつなさと 心強さと』など数多くのミリオンヒットを次々と生み出し、「小室ブーム」ともいわれる社会現象を巻き起こした。

 2018年1月、左耳の難聴に苦しみ、突如引退を表明した。その後の2年間は全くキーボードには触れられなかった。しかし22年になって、本格的に音楽活動の表舞台に戻ってきた。

 早実の国分寺キャンパスには小室哲哉記念ホールが、また八王子市には王貞治記念グラウンドがある。