人を動かすには「論理的な正しさ」「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。人間が生得的に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きはますます活発になっている。認知バイアスを利用した「行動経済学」について理解を深めることは、様々なリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から私たちの生活を取り囲む様々な認知バイアスについて豊富な事例と科学的知見を紹介しながら、有益なアドバイスを提供する。

「負ければ負けるほど、賭け金を上げたくなる」誰もが注意すべき「ギャンブラー心理」とは?Photo: Adobe Stock

「勝つまで倍賭けすれば、負けを取り戻せる」と思ってしまう

 筆者のエヴァには、よくディナーに出かける友人がいる。

 ワインを飲んで酔いが回ってくると、前回どちらが勘定を支払ったかわからなくなってしまう。ふたりはこれを解決しようと、公平な方法を思いついた。

 コインを投げ、表なら筆者が払い、裏なら友人が払うというものだ。

 この方法を始めてから、筆者はもう7回も連続で負けている。

 大喜びの友人から不運をからかわれるのが筆者は面白くない。

 人は怒ると、大きなリスクを取ろうとする。筆者もご多分に漏れず、「次からはもっと高いレストランに行こう」と言い出した。

「勝つまで倍賭けすれば、いつかは負けを取り返せる」という、昔からあるギャンブラーの発想だ。

 負けた後に賭け金を上げようとするのは筆者だけではない。ゲームに負けると、次の賭けで負けを取り戻せないかもしれないのに、賭け金を上げたくなることがある。

 これは、怒りの感情とは関係ない。純粋な順序効果だ。

 スイス・オランダの経済学者トーマス・ブザーは、学生に数学のゲームをさせてこれを実証した。被験者の3分の1には(実際の結果通りに)勝ったと告げ、3分の1には負けたと告げ、3分の1には何も告げなかった。

 その後、被験者全員に再びゲームをさせたところ、負けたと告げられた男子学生は平均より高いリスクをとった。その結果、残りのゲームにおいて平均20%負けが込んだ。

 ただし女子学生の結果は違っていた。負けると、その後はリスクを取ろうとしなくなったのだ(よって損失はそれほど大きくなかった)。

(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から一部を抜粋・改変したものです)