役割によって使うべき言葉がある
人は言葉から人物を特定する

 しかるべき役割の人が、不適切な言葉を用いたとき、何が起こるか。

 皆さんにはここで、架空の例を用いたある問題に取り組んでもらいながら、言葉というものの力について考えてもらいたい。

問題:皆さんは以下のような発言を聞いて、この人はどんな仕事をしている人だと思いますか?

「君たちのミッションは、重要なステークホルダーたちとスキームについてのコンセンサスを作り、県民や政治家のディシジョンを促し、かつインスパイアする仕事だ」

 おそらく多くの人が、「外資系コンサルタントっぽいな」と思ったのではないだろうか。本当に外資系コンサルタントが、こういう喋り方をしているのかは、分からない。外資系コンサルタントに会ったことのない人もいるだろう。

 だが、会ったことがあるかどうかにかかわらず、皆さんは、たかだか数十文字の文章を読んで、この人は何者なのかを特定しようとした。恐るべきは、言葉の力、私たちの脳の働きである。

 何が言いたいのか、なんとなく見えた人もいるかもしれないが、結論を急がず、もう少し問題にお付き合いいただきたい。

問題:皆さんは以下のような発言を聞いて、この人はどんな仕事をしている人だと思いますか?

「皆様の職務は、重要な関係各方面の方々と実施する予定の政策について合意を形成し、県民や政治家の皆様に正しく政策を理解してもらい、判断をしてもらうことです」

 今度は、お役所に勤めている年配の人物をイメージしたのではないだろうか。先ほどと、言っていることはおおむね同じである。

 ここで皆さんは気が付いたことだろう。

「同じ意味を持つ表現が無数にある中で、どういう表現が使われたかによって、私たちは相手の人物を特定する」のである。

 こうした、人物像を特定する言葉のことを「役割語」という。

 国語学者の金水敏(きんすい・さとし)大阪大学名誉教授は、日本語の文学作品において、「ワシ」だとか「あたい」「おいら」「~ざます」のような表現が、読者にキャラクター像を作らせているという事実を分析し、これらの言葉を「役割語」と定義した。

 そう、私たちは相手が使う言葉を聞いて、相手がどういう人物なのか、何者なのかを特定するのだ。