2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、ベストセラー『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

起業家へのメンタリング、アドバイスを成功させる5つのポイントPhoto: Adobe Stock

良いコミュニケーションのためのポイントとは

 今回は、起業家と良いコミュニケーション(メンタリング/アドバイス)を行うための5つのポイントについて解説していく。私は年間で500~600本ほどのメンタリング/アドバイスを行っている。長年、数多く実施する中で、良いパターンがあると感じるようになった。そのポイントを整理してお伝えする。

ポイント1:時間の有効な使い方

 セッションの時間をきちんと使えているかは、重要事項だ。「セッションの時間を把握したうえで、インプットとアウトプットのバランスが取れた時間の有効活用ができているか」だ。セッションは、トライアル30分で行う場合もあるが、理想は60分である。90分取れるとなおよい。

 もし30分しか時間が取れないと、起業家が20分ほどプレゼンテーションをしたら、メンターが話をするのは5分ほどになってしまう。そのため、全体の時間配分を示した上で、インプットとアウトプットをバランスよく行えるようになっていく必要がある。

 もう1つのチェックポイントは、「セッションの最後にかけて、ラップアップ(まとめ)と、起業家の行動につながるCTA(Call-to-Action:行動喚起)の示唆出しをする時間を取れているか」である。時間をギリギリまで使うと、ついラップアップやCTAの時間を取れず、尻切れとんぼになってしまうことがある。

 しかし、それでは次にアクションをつなげていくことができない。今回のまとめと、「次回に向けてどういうアクションをしていくのか」を起業家に確認する時間は必須だ。起業参謀は、起業家にとってのペースメーカーとなる必要があるので、CTAにつながる示唆出しは、意識的に行う必要がある。

セッションの際の時間配分
 具体的な時間の使い方について解説しよう。60分の場合、時間配分は最初の2分ほどでゴール設定とアジェンダの確認をする。ここで、今回の目標に同意する。連続的なセッションであれば、前回との差分や振り返りもここで行う。

 2分~10分で事業の説明を行う。事業の説明を求めると30分くらいかけて話をする起業家も少なくないため、「端的に10分ぐらいで要点をまとめて話してください」と事前に伝える必要がある。

 とはいえ、多くの場合、まとめることができておらず、冗長になっているので、途中で区切って「ここは端的に」などアドバイスを挟んでいく。 

 10分~50分にかけては、アイデアの発散、整理、構造化などのアウトプットを行っていくことで、行動の質を高めることにフォーカスしていく。フレームワークを用いて整理をして、起業家が見えていない部分を見せてあげたり、足りない部分の示唆出しをしてあげたり、アクションを促したりしていく。

 最後の10分のうちの5分ほどで、セッションでの疑問点を聞き、戦略や戦術の整理されている段階においては次回までのアクションを明確化する。残りの5分はラップアップで、今後のセッションのスケジュールを確認したり、次回までのアジェンダやToDoを確認する。まとめると、以下のようになる。

セッションのアジェンダ例(60分の場合):
 
開始~2分:ゴール設定/アジェンダの確認・同意
 2分~10分:事業の説明、進捗説明、課題の共有などのインプット
 10分~50分:アイデア幅出し、整理、構造化などのアウトプット
 50分~55分:疑問点の解消、アクションの整理
 55分~終了:(次回セッションがある場合)セッションスケジュールの確認

ポイント2:目標設定とアジェンダ

 目標設定とアジェンダの確認がうまくできていると、時間配分もスムーズにいく。セッションのゴール設定の例として、「投資家・ベンチャーキャピタル(VC)にプレゼンする前に抜け漏れがないかを確認して、プレゼン資料をブラッシュアップする」などの明確な到達点を示す。

「アイデアのブレストをしたい」ということであれば、アイデアをどんどん幅出ししていくことが目標となる。そして、ゴールをセットした上で、それを実現するアジェンダを整理する。継続的セッションの際には、前回のサマリーや積み残したアクションがないかの振り返りもアジェンダに盛り込む。

 時には、起業家が示してきたゴールとアジェンダがずれている場合がある。たとえば、「資金調達を実現する」ことが目標で、調達の理由が人材採用だったとする。

 しかし、どんな人を採用するのか決まっていない状態であれば、先に採用要件を決めなければいけないし、採用をするには自社の魅力を打ち出さなければいけないが、それが焦点化できていないケースも多い。

 あるいは、採用した人をどこに配置するかを検討するために必要な組織内の整理も果たせていないかもしれない。スタートアップにおいては往々にしてありうることなので、企業・事業の全体像を踏まえて、アジェンダをチューニングする必要がある。その場合には、全体を俯瞰した上で、当初設定したアジェンダを柔軟に変更していくことも必要になる。

 アジェンダなしでは、単なる「雑談」になってしまう危険性があるので、たとえセッション中に変更が発生したとしても、アジェンダの作成は必須である(下図)。セッションがスタートするまでに、起業家には事前に前回の議事録を送り、アジェンダの確認をしておくといい。

ポイント3:文脈の理解力・インプット力を高める

 起業参謀には傾聴をしながら、コンテンツだけでなく、共有されるコンテンツごとの起業家の自信の強弱を汲み取って、深掘りするポイントを絞ることが必要だ。起業家がファクトもなく、根拠もバラバラで、ひたすら話し続けるといったことは少なくない。傾聴やロジカルリスニングを活用し、考えをまとめて、抜けている論点を提供したり、「ここにはこういう価値観がありますね」とバイアスに気づかせたりしながら聞いていくことが有効だ。傾聴力があれば、起業家が持つ背景まで深掘りできる。

 きちんと傾聴するには、文脈の理解力や全体俯瞰力が欠かせない。起業参謀の前提として、事業に関する網羅的な理解は重要である。たとえば、自分はマーケティングの知見がないので、そこの部分は飛ばすといったことがあれば、部分最適な示唆出しになってしまう。

メモを取る技術
 起業家との共有を一度で全て記憶することは不可能なので、効率的にメモを取る技術が求められる。テクニック的なことでいえば、メモパッドにスクリーンショットを貼り付けて、コメントを残していくなど効率化することで、セッション時間をより有効活用することができる。

 最近ではZoomやMicrosoft Teamsでミーティングすることが増え、簡単にスクリーンショットを撮り、記録に残しやすくなった。私の場合には、スクリーンショットをEvernoteに貼って、コメントを書き加えることで、整理しながらインプットをしている。こうすることによって、いちいち内容を覚える必要がなくなり、分析や示唆を出すことに集中できるようになる。

 ちなみに、私は対面のメンタリングの場合にも、メモを取りたいので、Zoomで入ってもらい、遠隔のサイト同様にメンタリングを行うことが多い。起業参謀にとって、最適化されたメモを取る習慣をつけることはとても重要である。

ポイント4:アナロジー活用による示唆出し力

 具体的な事例を紹介することにより腹落ち感を醸成できる。豊富な事例を持ち、事業のフェーズやビジネスモデル、領域に合わせた事例を示せる力は起業参謀にとって大きな価値だ。

 アナロジーとは表面レベルでは異なっているが、関係や構造レベルまで掘り下げると類似性があるということだ。

 起業家の事業についての説明をきちんと傾聴した上で、構造を理解して、類似性のある事例を引っ張ってきて提示することが示唆につながる。その際、単に現象面を並べるのではなく、構造的な類似点を伝えていくことが起業家にとっての学びにつながる(下図)。

ポイント5:戦略・戦術の示唆出し力

 セッションでは、豊富な戦略・戦術のフレームワークを身につけて、その上で、事業のフェーズやビジネスモデル、領域に合わせた事例を示すことができるかが重要となる。武器を多く持つということが大事だが、フェーズによって使える武器も少しずつ変わる。

 また、具体と抽象の行き来により、起業家が腹落ちできるような示唆を出していくことが求められる。戦略と戦術の説明はどうしても抽象的になりがちである。抽象的な説明が悪いわけではなく、きちんと構造を理解させた上で(抽象化)、その中でもこんな事例がある(具体化)と、具体と抽象のバランスを取ったアドバイスをすることで、納得感のある示唆出しができる。

 さらに、PowerPointやKeynoteなどでメンタリングに用いるプレゼンテンプレートを用意しておき、そこに起業家がすぐに使える資料を格納しておいて、セッション中に共有することでメンタリングの質が劇的に向上する。資料は起業家に具体的なアクションを促すツールとなる。

CTA(Call-to-Action)の提示
 メンタリング後に、SMARTなアクションとなっているかは、メンタリングが奏功しているかの指標といえる。

 行動の質を高めるためには、先述したようにSMARTを意識することが重要だ。戦略や戦術の質を高めることはもちろん大事だが、ペースメーカーとして行動の量が上がるよう背中を押してあげる役割も担う(下図)。

 私は、現在100件近くの起業家や新規事業を同時に支援しているが、毎日起業家と話すわけではなく、2週間や1ヵ月に1回のペースで話をしている。まさにペースメーカーの役割だ。

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。