ラストがオリジナルの
有島武郎版「燕と王子」

「幸福の王子」は童話と言うよりも、美しい一編の詩です。ヴィクトリア朝独特の格調高い表現で、愛の寓話を詠っています。ぜひ原作を手に取っていただきたいと思います。

 美しい寓話を編み上げるワイルドの言葉の魔法を味わうことができることでしょう。「わたしの心はなまりでできているのに、それでも泣いてしまう」「どんなものよりもふしぎなのは、ひとの苦しみだよ」など、忘れがたい箴言(しんげん)もちりばめられています。

 原作はあまり子ども向きとは言えません。ワイルド自身も、「子どもだけではなく、子どものような心を持った18歳から80歳の大人のため」の作品だと述べています。現在では、主に小学校2~3年の道徳の教科書に掲載されていますが、子どものためにリライトされたものを読むだけではもったいなさすぎます。それだけ深く、様々に解釈できるお話であり、大人の心にこそ響く童話なのです。

書影『大人もときめく国語教科書の名作ガイド』(東洋館出版社)『大人もときめく国語教科書の名作ガイド』(東洋館出版社)
山本茂喜 著

 このワイルドの作品を、有島武郎が翻訳しています。「燕と王子」です。翻訳というより、翻案と言っていいでしょう。かなり変えています。特に最後は、王子が「来年またここで会えるから」と言って、ツバメをエジプトに帰します。そして、街の人たちは、醜くなった王子を溶かして鐘をつくります。それは、街を守る鐘となります。

 有島の翻案では、天国には行かないのです。こちらの王子の方が、さらに無償の愛かもしれませんね。溶かされて鐘になってまで、人々に尽くすのですから。

 有島自身も、北海道の大農場を小作人に無償で与えました。こういう美しい物語が、悲劇的な死を遂げた二人の作家によってつくられたことには何か考えさせられるものがありますね。