ロシア人はウクライナを「ロシア発祥の地」「兄弟国」などと呼ぶ。ボルシチやコサックダンスなどは、もともと「ウクライナ文化」である。

 プーチンの強い執着の根源となっているのが、キエフ・ルーシ(キエフ公国)なる国家。この国は、9世紀末から13世紀にかけて、現在のウクライナ、ロシア、ベラルーシなどにまたがって存在した。最盛期にはヨーロッパで最大級の規模を誇ったこともある。

 民族的には東スラブ人で、宗教はキリスト教の中のギリシア正教(東方正教)をビザンチン帝国から受け入れた。経済的には農業ではなく商業を中心として栄えた。中心都市はキエフ(キーウ)である。当時のキエフは、ロンドンやパリを凌ぐ繁栄ぶりだったとも言われる。

 キエフ・ルーシはモンゴルの侵攻によって崩壊したが、その一方、モンゴル軍からの攻撃が比較的軽微だった地方都市のモスクワが、その後に「モスクワ大公国」として発展していくことになる。「ルーシ」から派生した名称が「ロシア」であり、「ベラルーシ」は「白いルーシ」という意味になる。

 プーチンは、ロシアを「キエフ・ルーシの正統な後継者」と位置付け、ウクライナを「同じルーツを持つ兄弟国」と主張する。プーチンが2021年7月に発表した論文の題名は「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」。プーチン政権は「ロシア人とウクライナ人は一体であり、一つの民族」と掲げた。

「ウクライナは小ロシア」の
妄想に凝り固まるプーチン

書影『世界のロシア人ジョーク集』『世界のロシア人ジョーク集』(中央公論新社)
早坂 隆 著

 しかし、ウクライナ人はこれを良しとしなかった。ロシア側が口にする「兄弟」とは、あくまでも「ロシアが兄で、ウクライナは弟」という文脈だからである。大ロシア主義のイデオロギーを持つプーチンは、「ウクライナは小ロシア」という歴史認識を有している。

 ウクライナ人から見れば、これは当然、納得のいくものではない。彼らにしてみれば、ウクライナこそキエフ・ルーシの正統な継承者。少なくとも、「一体性」を理由に侵攻されることなど、認められるわけがない。

 言語に関しても、ロシア語とウクライナ語は同じキリル文字を使用するものの、単語も表現もかなりの違いがある。

 旧約聖書によれば、人類最初の殺人とは、アダムとイブの子どもであるカインが、弟のアベルを殺害したことらしいが、兄弟喧嘩こそ最も頻繁に起き、最も泥沼化するものなのかもしれない。