警察の裏金の告発を行ったのは、原田宏二が最初ではない。

 それを遡ること20年前に、裏金にまみれた警察の仕事が嫌で、52歳のときに警視監で早期退職し、無教会のキリスト教徒として聖書研究にいそしむ生活を過ごした警察庁のキャリアが、裏金の存在を告発する本を著している(松橋忠光『わが罪はつねにわが前にあり 期待される新警察庁長官への手紙』)。

裏金存続の可能性はゼロではない
「必要悪」として考える幹部も

 それでは、現在、警察の裏金はなくなったのであろうか。

 原田元警視長は、「少なくとも、私の在職中のようなやり方はしてないでしょう。ただ、何らかの方法で続けている可能性はゼロではありません」という表現で、それが存続している可能性を否定していない。

 警察庁の元高官たちとの交流機会の多い元警察官は、警察にとって裏金は「必要悪」だとする。重大事件が起き、特別捜査本部がつくられ、警視庁や県警本部の捜査一課から応援を受け、それらの刑事が所轄署の柔道場や剣道場に泊まり込んで捜査に協力してもらう場合、所轄署として一席をもうけてお礼をする慣行があるという。

 重大事件が解決し、打ち上げ会を開く場合、捜査員に自腹を切ってせよ、と言われたのでは気勢が上がらず、そこまでしてやろうという気にはならないかもしれない。やはり、上司からよくやったとほめてもらったり、感謝されたり、それまでの努力をねぎらってもらったり、労苦を認めてもらいたいというのは素直な人間感情であろう。

 だが、その場合、こうしたお祝いは、そもそも署の首脳部に管理職手当や役職手当として、地位に伴って高額となっている給与に加算されていると考えてはどうだろうか。

 ただ、そもそも従来と同様に、カラ出張などによる裏金の不正経理は継続して行われている可能性はあるように思われる。

 2019年から20年にかけて、広島県警管内の警察署の公安部門でカラ出張が行われていたという報告もある。

 裁判の公判前整理手続において証拠開示が認められた場合は、行政文書はメモも含めてすべからく公開すべし、という最高裁判決が出たことは、裏金をつくり、それを私的に流用することに対して予防効果を持つと思われる。しかし、必要悪と考える幹部がいれば、より巧妙な見つからない方法で存続することになるだろう。