そして、小惑星表面に「衝突体」を高速でぶつけました。できた小規模クレーターから、表面の地下物質を回収。20年12月、回収カプセルを地上に放出し、小惑星の「サンプルリターン」を成功させたのです。

 リュウグウ試料は、生命の起源の解明にも関わっています。そこに、水や有機化合物が存在することが確かめられたのです。地球では、液体の水があるところには、ほぼ例外なく生命が存在します。どんな深海にも、その中の、超高圧化で数百度の水が吹き出している「熱水噴出孔」の周囲にも、あるいは地表の水たまりにも、無数の命が息づいています。

 一方、生命の体を構成する重要な物質が、タンパク質や、その元となるアミノ酸です。

 九州大学の奈良岡浩教授らのチームによる23年2月の発表では、リュウグウ試料の中でも直径1mm以下の「集合体試料」を分析した結果、そこに、(1)重量比で全体の約21.3%に当たる炭素、窒素、水素、硫黄、熱分解性の酸素、(2)これらの元素からなる分子量が100~700の、約2万種類の有機化合物、(3)20種類のアミノ酸、が含まれていたと言います。

(2)の、約2万種の有機化合物というのは、非常に多い数です。これまでに地球上で発見された有機化合物は、100万種類強。それと比べても、リュウグウに、かなりの種類の有機化合物が存在していること、がわかります。

 また(3)では、アラニンやグリシン、バリンといった、タンパク質の材料となるアミノ酸が見つかっています。

書影『ニッポンの数字――「危機」と「希望」を考える』(ちくまプリマー新書、筑摩書房)『ニッポンの数字――「危機」と「希望」を考える』(ちくまプリマー新書、筑摩書房)
眞 淳平 著

 アミノ酸には、「左手型」「右手型」と呼ばれる構造があります。実験室でアミノ酸を作った場合、両方が1:1の割合で生成されます。一方、地球上の生命体を形作るアミノ酸は、ほぼすべて左手型です。これは、ヒトを含むすべての生命の祖先である原初生命が、左手型だったことに由来している、と考えられています。理由は不明です。

 一方、リュウグウ試料のアミノ酸は、左手型、右手型の割合が1:1でした。

 そこから、私たちの直接の先祖である最初期の生命体、あるいは今生きる地球上のすべての生物の体を構成するアミノ酸は、隕石由来ではなく、地球上で、何らかのメカニズムによって生み出された可能性が高い。そう結論づけられるかもしれません。

 日本が送り出した小惑星探査機は、こうした議論にも関わっているのです。