彼らの調査の結果によると、日本人のミッドライフ・クライシスは神経症や社会的機能不全などを背景にした、心理的な不適応に伴うといいます。

 50歳代の場合、病気などに罹患して、非常に強く身体の衰えを自覚した場合、精神的に不健康な状態が生起する可能性があるということを示しています。

 この研究の興味深い結果のひとつに、40歳代の男性の場合、職場と家計の不安はミッドライフ・クライシスを生起させるが、家庭の不安はそうでもないということがあげられます。

 こういった結果から松尾氏と渡辺氏が推測したのは、40歳代の日本人の男性には仕事の領域とプライベートの領域に、分離が生じているのではないかということです。

「それぞれ別の役割を演じていることを、示唆している」

「仕事に関わる不安は自分の同一性を危うくするものの、家庭での問題は自分の同一性には深く関わらないため、限界感を生起させない」

 これは、日本人特有の「社会的アイデンティティー/役割」と「個人的アイデンティティー/固有性」の意識的な切り替えと矛盾しない結果です。この意識的な切り替えは、中年期の日本人にとって、ストレスの原因になり得るでしょう。

 つまり、日本人のミッドライフ・クライシスは、「社会的アイデンティティー/役割」に侵食された、「個人的アイデンティティー/固有性」の危機と一致する可能性があります。

 また、50歳代の参加者(特に管理職の人)に、生活領域で感じる身近な不安ではなく、社会全体の構造に対する不安こそが、精神的不健康の要因だというおもしろい現象が確認されました。

 なぜ50歳代の管理職の一部は、社会の身通しが立たないことで、心理的に憂いを感じているのでしょうか。これこそ、日本社会特有のミッドライフ・クライシスを把握するための、大事な所見でしょう。

 確実なのは、本人の日常生活の問題と同様に、社会全体に対する不安がミッドライフ・クライシスの大きな要因となるということです。