「妻と娘の遺骨はしばらくいわき市に借りているアパートで保管していましたが、2017年にいわき市の公園墓地にお墓を建てて埋葬しました」

 オレンジ色の光の中で蛭田が少しつらそうに言った。

「今も月に一度はいわきに帰り、お墓に花や線香を供えたり、水を替えたりしています。『俺だけが生き残って、すまなかったな』と二人に向かって手を合わせるんです。それが贖罪というか、私に残された唯一の役割だと思うようなところがあって……」

 私は、もし許して頂けるなら、その墓参りに同行させて頂けないか、とその場で彼に申し出てみた。誰にとっても12年の歳月は決して短くはないはずだ。彼はそこで両手を合わせ、どんなことに思いを馳せるのだろう。津波によって奪われた、そこにあったはずの過去か。あるいはこれから先に続く、やはり失われた未来だろうか。

 蛭田は私の申し出に「ええ、いいですよ」と微笑みながら頷き、数秒後、「実はまだこの話には後日談みたいなものがあって……」となぜか照れくさそうな仕種を見せた。

「ちょっと変な話で、少し話しづらいところもあるのですが……。実は妻と娘が亡くなった後、なんか神がかり的なことが起きたんです」

 私は無言で頷いて話を前へと促した。

「震災後、知り合いと一度、フィリピンにあるグレースの故郷を訪ねたことがあるんです」

 彼はそこでわずかに下を向き、瞳を潤ませながら話を続けた。

「彼女の実家の近くには白血病で亡くなった彼女の長女のお墓があって、そこを知り合いと二人で訪ねたんです。そのとき、周囲に風などまったく吹いていないのにお墓の前で突然、大きなつむじ風が立ったんです。空気の渦は木の葉を巻き上げながら、ずっと私と知り合いの前でグルグルと渦を巻き続けていました。グルグル、グルグルと、まるで命を宿しているかのように。そのとき、知り合いに言われたんです。『おい、見ろよ!グレースさんと真里亜ちゃん、ちゃんと会いに来てくれたみたいだぞ!』って。そのとき、俺、嬉しくて。ああ、そうか、あいつら、俺に会いに来てくれたのかって……」

 いつかみんなで一緒にフィリピンで暮らしたい──。

 そんな家族の夢が叶ったような瞬間だった。