納屋に押し込もうと叩いたら
ショックのあまりに豚が死んだ

 近所に住む白系ロシア人のドクター、ユージン・アクセノフも、〈六本木インターナショナル・クリニック〉のデスク越しにたしなめた。

「北海道で何をする気なんだ?レストランが本業じゃないか。おとなしくシェフの帽子をかぶっていろよ。ドアのそばに立って、変な日本語で客にあいさつしてればいいのさ。日本人はそういうのが大好きなんだ。収入源はそれだけで十分。ほかのことには手を出さないほうがいい」

 常識をわきまえたうえでの忠告だった。アクセノフは満州で生まれ、日本で教育を受け、東京で働きながら医大を卒業している。戦時中、国民の戦意発揚のための映画で、敵のアメリカ人の役をこなしながら、学費を稼いだ苦労人だ。言うまでもなく、「金に弱くて脳みその足りないアメリカ人」の役である。

 しかしザペッティは、生まれつき常識とは無縁の男だ。友人の忠告に耳を貸すわけがない。

 というわけでニックは、1982年、日本国籍に変わって以来はじめて、役所で手続きをした。ホワイト・ランドレースという種類の豚を30頭購入し、3世代にわたって飼育して、F1と呼ばれる品種を生みだした。このタイプが市場で一番人気があると聞いたからだ。

 飼育の過程で、いろいろおもしろいことを発見している。まず、豚という動物がじつにデリケートだと知った。病気を防ぐために、あらゆる予防接種を受けさせなければならない。やさしくやさしく扱う必要もある。

 ある日、豚の集団を納屋に押し込もうとして、1頭を棒でひっぱたいたら、豚はショックのあまり心臓麻痺を起こし、ニックの泥だらけのゴム長靴にばったりと倒れた。豚の突然死によって、数百ドルが露と消えた。