マジメにやっているだけでは
回らない世界は存在する

 プレゼントをするにも、それなりの形式がある。相手の地位に合わせなければならない。どこで買ったか一目でわかるような包装紙が好まれるから、ニックは札幌で一番高くて高級なデパートを選んだ。

 ザペッティは、ナポレオンなどのギフトをひっさげ、役人の家を訪問した。自宅まで足を運んで、一層の“誠意”を示すためだ。鑑定人たちはその見返りに、彼の豚によりよい値段をつけてくれた。

 しかし、ザペッティはいらだちを覚えていた。こんな関係はうんざりだ。ある晩、鑑定人と飲んでいる最中に、とうとうキレた。

「少しは恥を知れよ」とザペッティ。「なんだかんだと、人からもらってばかりじゃないか」

 特別扱いはこれで終わった。

 個人のブリーダーは商戦に勝てない。春に仔豚を買って、10月に売ろうとすると、当然そのころには値が下がっている。値上がりするまで待てば、その分だけ飼育費がかかる。けっきょく、利益をあげるのはとてもむずかしい。

 日本ハムは、あの手この手でライバルを廃業に追い込んでいた。数年後に彼らが同じ地域で独自の養豚場を始めたと聞いても、ニックは少しも驚かなかった。そのときから、ニックの出入りしていた地元の精肉処理場が、彼の豚を拒絶するようになった。

書影『東京アンダーワールド』『東京アンダーワールド』(KADOKAWA)
ロバート・ホワイティング 著、松井みどり 訳

 やむなく、数時間かかる函館まで足をのばしたら、以前にも増して出費がかさんだ。けっきょくニックは、この商売から手を引かざるを得なくなった。

 辞めたのは彼ばかりではない。ニックが養豚場を始めた当初、北海道で操業していた同業者の80パーセントが、廃業に追い込まれた。ところが、同じ時期に北海道で育った豚の頭数は増えている。

「アメリカは日本を誤解してるよ」

 すべてが終わったあと、ニックは口癖のように言った。

「日本人の商売がたきはアメリカ人だけじゃない。日本人同士の争いはもっと熾烈なんだ」