しかし、東京という都市は丘あり、谷あり、坂あり、川ありと地形が複雑で、比較的最近まで、どんな征服者でもそのすべてを一気に壊して新しいものを作っていくということがなかなか困難でした。

 そのため、過去のいろいろな時間がまだらに残ってきたのです。街歩きのリテラシーを身につけつつ、都市をゆっくり動きまわれば、そのような複数の時間が共在している断層が見つかります。

『さらば東大 越境する知識人の半世紀』(集英社新書)『さらば東大 越境する知識人の半世紀』(集英社新書)
吉見俊哉 著

 これが、街歩きの面白さですね。東京の街を実際に歩いてみると、いろいろな時代の位相が断裂をもって分布していることが本当によくわかります。そして、その分布の仕方が東京の地形と非常に深くかかわることも見えてきます。

 もっとも、最近ではこうした複数的な時間性は危機に瀕しています。きわめて大規模にこの都市の時間的な豊かさを破壊したのは1964年の東京五輪でしたね。しかしそれでも、1980年代初頭まではかなり古い多様な時間性が息づき続けていたのですが、80年代末のバブルと地上げによってひどいダメージを受けました。

 さらに2000年代初頭の都心大規模再開発は、超高層のタワーマンションを建てる技術が進んだことで、そうした破壊を壊滅的なものにまでしていってしまいました。そうした破壊の最もシンボリックな下手人はもちろん巨大デベロッパーだったわけで、彼らが進めた街区単位での巨大開発は、今も東京の時間的重層性を回復不可能なまでに破壊し続けています。