混迷する世界情勢の中、「アメリカ一強の時代は終わった」という意見も大きくなっている。しかし、東大名誉教授で著名な社会学者の吉見俊哉は「アメリカの時代は終わっていない」と断言する。本稿は、吉見俊哉著『さらば東大 越境する知識人の半世紀』(集英社新書)を一部抜粋・編集したものです。
アメリカの覇権が終わるとき
資本主義総体の終わりが見える
――かつての絶対的な存在としてのアメリカの時代はもう終わったとも言われますが、それでもアメリカは世界の中心にいると、先生は思いますか。
吉見 そう思います。アメリカの時代はまだ終わっていません。アメリカは資本主義を極限的に体現しているようなところがあり、まだ半世紀くらいはアメリカ時代が終わらないはずです。
たとえば、私はそう簡単に世界の人々がディズニーランドやスターバックスやマクドナルドに見向きもしなくなるとは思えないのです。アップルやグーグル、アマゾンについても同じです。国家としてのアメリカでは、今後も混乱が続くでしょうが、それでもアメリカの軍事的、経済的、文化的ヘゲモニーは、少なくとも21世紀の後半までは維持されるはずです。
対比的に言えば、ローマ帝国の地中海支配は、五賢帝時代が終わって政治の混乱がひどいことになってからも100年以上は続いたのです。いろいろな意味でアメリカの覇権とローマの覇権は似たところがあり、世界はまだまだアメリカから影響を受け続けるし、それが終わるころには、資本主義総体の終わりが見え始めているだろうと思います。そんなことが起こるのはまだだいぶ先で、少なくとも私はもう生きてはいません。
ですから私は、アメリカの時代が終わって中国の時代がくるとは全然考えていないということです。中国はもうしばらく経済成長を続け、軍事的にも強大化して、アメリカとの緊張関係が高まるでしょうが、しかしかつてのソ連がそうであったように、中国もアメリカの他者として強大な立場を築くにとどまると思います。
中国は移民国家ではなく、長い伝統的基盤があります。ユーラシア大陸ではそうした文明がほとんどで、アメリカのような根本的に抽象的な存在ではないのです。習近平の中国はかなり強引で強欲ですが、この強欲さは本質的には資本主義の強欲さと少しずれる。アメリカの強欲さや軍事的な強引さは、資本主義の強欲さそのものであり、また近代そのものの強引さです。
ディズニーランドから見える
アメリカの帝国としての姿
――先生が書かれてきたアメリカ論を時系列で見ていくと、イベントやテーマパーク、あるいは原発のようなインフラから、時空間としての戦後日本に広がっていくなど、どんどん手を広げているというか、話が大きくなっていっていますよね。
吉見 「アメリカ」は、私が対象としてきたなかで最も広がりのある相手で、それは実は現代世界とほとんど重なってしまうのですが、だからといってそのすべてに手を出してきたわけではありません。