住民はプロジェクトそのものに反対しているわけではなかった

 しかし、3ヵ月後、もうすべておしまいかと思われたとき、この問題は数度にわたるタイ味の素社長と政治家との直接対話で解決されました。

 問題の本質は石炭ボイラーの導入によるエネルギー転換そのものではなく、この工場の地区を管轄する政治家と工場およびタイ味の素幹部とのコミュニケーション不足だったのです。そのため、感情的な問題を含めて関係が悪化し、コミュニケーションも円滑に行われていなかったことが工事ストップ、デモンストレーション問題の発端でした。

 石炭ボイラーの導入に関しても、近隣の住民に迷惑がかからないように、最新のテクノロジーを用いた設備を導入する方針など、政治家にとって重要な関心事項について、なんらの事前相談もしなかったため、ただでさえよくない関係をますます悪化させることになっていたのです。

 結局、エネルギー転換が完了した暁には、環境対策として世界的な先進技術を入れていたので、タイ国内で大変有名な見学コースになりました。政治家も住民にも大変喜ばれました。

 このプロジェクトで反省があるとすれば、プロジェクト全体を考える際に、最初から地域への影響や政治家への配慮および丁寧な説明をいれていなかったことです。それが原因で、3ヵ月にわたる反対運動と工事ストップを引き起こし、東京に危機管理委員会が立ち上がり、自分の会社での将来を失いかねない状況にまでなったのです。

 しかし、この貴重な経験は、それからの自分の意思決定に大きなポジティブ効果をもたらしてくれました。難題が降りかかっても、自分にはやり遂げた経験があると思えましたし、実際にすべての局面で自信となりました。そしてなにより、社内や取引先だけでなく、地域をはじめとする世の中のことを視野に入れることの意味と本質を自分のこととして理解できるようになりました。現在は生きた経験として、この経験をいろいろな機会でお話しています。