トヨタさんはバッハで
日産さんはヘンデル

 対して日産はどうか。松尾に言わせると、今回、松尾が試乗を許されたZをフラッグシップ車のひとつとする日産には、他にも、スカイライン、マーチ、ノート……などなど、メーカーの姿よりも先に車自身の個性が全面に出ているという特徴がある。

「音楽家に喩えるならヘンデルです。クリスマスソングで知られる『もろびとこぞりて』や『ハレルヤ』をはじめ、ヘンデルという作曲者以上に楽曲の個性が世に知られています。数多の有名な楽曲があるヘンデルですが、意外にもヘンデルという作曲家個人についてはあまり知られていません」

 特色ある数々の車を世に出し、その車は大勢の人が認知するところである。しかし、これらの車を世に出した日産というメーカーそのものの個性は世の人はあまり知らない――あくまでも車本位でメーカーは前面に出ない、日産という会社のコーポレートカラーを松尾はこう表現した。

 ここ十数年来、世のビジネスパーソンの間では、静かに深く教養ブームが起きているという。中にはこのブームに乗り遅れてはならじと、とにもかくにも芸術に親しもうと慌ててアートの解説本を求め、ネットでクラシックやジャズといった楽曲を検索し購入してこれを聴く、はたまた歴史的な名所へと足を運ぶといった向きもあるようだ。

 こうした教養を磨くことは、物事の本質を素早く掴み見極める力を養うことになる。

「作曲と車の製造過程は実は似ています。作曲ならまずどういう曲にするか。そしてどういうコンセプトか。テーマ、展開はどうするか……と。これはそのまま、どういう車にするか?デザインは? エンジンは? 想定顧客は?……と詰めていくのと同じです」

 車とクラシック音楽――一見、交わることのない両者を、松尾は音楽の視点で瞬時にその共通項を見い出し、語る。

 ビジネスパーソンに教養が求められるようになったのは、こうした理解力、要約力といったものをより深くするための足腰を鍛えるためという期待からなのだろう。もっとも教養とは、一朝一夕で身に着くものではない。それこそZのよう、にエレガントながらもパワフルな日々のたゆまぬ努力が必要だ。(敬称略)

PROFILE 松尾賢志郎(まつお けんしろう)
作曲家・ピアニスト。国立音楽大学附属高等学校を経て、国立音楽大学作曲科卒業。作曲を青島広志、森垣桂一、各氏に師事。全音楽譜出版社より編曲作品を中心に出版多数。2020年NHK朝ドラ『「エール』」にて指揮・譜面・音楽指導を行う。同番組には指揮者役としても出演した。2022年第1回古関裕而作曲コンクールにおいてエール賞受賞。2024年第12回JFC作曲賞コンクール入選など。日本作曲家協議会 会員。代表作に交響詩"2020"、交響詩「沖縄」(ティーダ出版)懐かしの大地へ!(ティーダ出版)がある。2018年より#1日1曲毎日作曲チャレンジという約30秒〜1分の楽曲を作曲し、SNS、YouTubeに毎日投稿している。https://youtube.com/@mainichikenshiro 今、クラシック音楽界でもっとも注目される若手作曲家といわれている

(フリージャーナリスト 秋山謙一郎、取材協力・広報車提供/日産自動車)