三つ並んだ人の模型写真はイメージです Photo:PIXTA

経済思想家のフリードリヒ・ハイエクは、一見公平に思える累進課税の根底には、実は一般大衆の金持ちに対する嫉妬心があると分析している。制度と嫉妬の関係性をひもとく。※本稿は、山本 圭『嫉妬論 民主社会に渦巻く情念を解剖する』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

なぜホワイトカラーが
ブルーカラーに嫉妬するのか

 現代社会では、嫉妬心の表れ方もやや複雑な様相を呈している。通常、嫉妬は自分より優位な人に向けられることが多いが、その原則が通用しないことがある。人類学者のデヴィッド・グレーバーは、中間管理職が工場労働者に抱く反感を「道徳羨望(moral envy)」と呼んでいる。

 なぜホワイトカラーがブルーカラーに嫉妬するのか。これを理解するためにはグレーバーが概念化した「ブルシット・ジョブ(Bullshit Jobs)」(日本語では「クソどうでもいい仕事」)について一瞥(いちべつ)しておく必要がある。

 ブルシット・ジョブとは、言ってしまえば、なくても誰も困らないような、社会に何ももたらしていないような仕事(たとえば、人材コンサルタントなど)のことであり、グレーバーの見るところ、現代社会ではそのような仕事があふれている。テクノロジーの発展により人間は労働から解放されるどころか、ますますそうしたブルシット・ジョブに従事するようになってしまった。しかも、えてしてブルシット・ジョブには高い報酬が支払われ、他方で社会的に不可欠な仕事(いわゆるエッセンシャル・ワーク)ほど低賃金である。こうした状況に彼は警鐘を鳴らしたわけだ。

 道徳羨望は、ブルシット・ジョブ現象の一つの帰結である。中間管理職が労働者を妬むのは、中間管理職の仕事が総じてブルシットなものであるのに対し、労働者らは自身の仕事に誇りを感じることができる状況にあるからだ。ブルシット・ジョブに従事する人間は疎外されていると言ってもいいかもしれない。やりがいのある、何か意義のある仕事をしていることが妬みや反感の原因になっているのである(デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』酒井隆史ほか訳、岩波書店、2020年、321頁)。